「天」と書いて、あめと読む。ボクの新しい名前
四国の山のなかで生まれたのは2012年の夏。そこで暮らすおばあさんの家で、ボクは何匹かの兄弟といっしょに生まれた。
2011年の震災を経て、少しの間、四国に移り住んだその人がボクをもらってくれた。「本当は黒ねこの女の子がほしかったのだけど」と言われたけれど(失礼だ)、ボクの魅力で、そんな思いはすぐにどこかに吹き飛んだみたいだ。
その人はボクに「あめ」という名前をつけた。「雨」ではなく「天」のほうのあめだって。ボクはどっちでもいい。とにかく、新しい名前で、その人との生活がはじまった。
その人は、よく引っ越しをする。「ねこは家につく」と言うけれど、そんなことは気にしないようだ。四国の山から、鎌倉の海の近くへ行き、今度はまた四国の池のそばに移り、いまは東京の川が見える家にいる。その度にボクは車に乗せられたり、新幹線で移動したり大変だ。「大丈夫?」とやさしい声で聞かれるけれど、引っ越しはもうたくさんだ。
その間、ボクの生活も変わった。
山の時は外へ自由に出入りしていた。鎌倉では家のなかだけで暮らした。でも、時々、外に脱走したけどね。四国の池の近くでは、また自由に遊びに行く暮らしに戻った。そこでは友だちもできた。その人はボクの友だちに勝手に「ハル」と名前をつけ呼んでいた。
時々、町のねこと喧嘩をした。何度も自由に出入りすることを禁止されたけれど、ボクは窓をこじ開け外にでて遊ぶことを選んだ。こわいこともあったけどね。でも、喧嘩より病院の方がいやだったなあ。入院した時は、動物病院の先生にパンチをくれてやったぜ。
いまは外にでない。高い高い場所にある家らしい。
時々、窓の外を横切る飛行機を見せられるけれど、正直、興味はない。「飛行機たくさんだね」と言われても、だ。ただ、ボクも歳を重ねたせいか、やり過ごす術を学んだ。それに、のんびりするのも悪くないと思うようになった。意外と切り替えが早いのだ。飛行機に興味があるフリをして、目をキョロキョロさせると、その人は笑う。
そのひととボクは、同い年
人の歳でいうとボクは60歳らしい。その人ももうすぐ60歳らくし「同じだね」と言ったりする。
どうしてボクの歳を人間の年齢に換算するのかよくわからない。ボクはボクで、ねこなのに。ただ、おいしいササミをゆでてくれるし、気持ちのいいブラッシングもしてくれるから、まあいいか。ボクはケガで尻尾がない他は「いたって健康」だそうだ。
基本早起きだ。朝4時にその人に「おはよう」と言う。正確には「にゃーにゃーにゃー」だけど。でも「それはやめて」と言われる。もういい加減ボクのやることに慣れればいいのにね。10年以上もいっしょに暮らしているんだから。
「かわいい」とか「賢い」とか「世界一」と言ったり、引っ越したり、笑ったり、騒いだり。
まったく──。人と暮らすのは大変だ。
広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、other:代表、設計事務所岡昇平共同代表/ディレクター。
「衣食住」をテーマにエッセイを綴る。50歳から新たに空間設計の仕事を始め、現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどのディレクション、フードアドバイスなどに携わる。著書に『55歳 おとなのまんなか』(PHP研究所)など多数。香川・高松の生活を経て、2023年より東京に拠点を置く。天然生活webにて『60歳からどうなりたいですか』を連載中。
Instagram:@yukohirose19