(『天然生活』2023年12月号掲載)
桐染を代表する染色技術“かご染め”とは
古くから織物の町として発展してきた群馬・桐生にある染色工場「桐染(KIRISEN)」の入口をのぞくと、染色釜から白い湯気が立ち上っています。
創業は1919年。現在は、4代目の平本ゆりさんが、約100年続いた技術を継承するとともに、技術を生かした新たな挑戦をしています。家業を継ぐ前は、東京でグラフィックデザインの仕事をしていました。

約90℃にもなる熱湯を使う染色釜での作業は暑さとの闘い。皮脂や汚れを洗い落とす精錬のあと、染色の工程へ。かご染めの場合は10〜15分染色液に浸す。模様染めの場合は、染める時間も重要

染料のほか、塩も入れる。塩に含まれるマグネシウムやカルシウムが染料と結合し安定。染料の水への溶解度を下げ、繊維に色が定着しやすくなる。色落ちも防ぐ
「継いだ当初はもう、技術だけでも残せたらいいっていう思いでした。いまではうちの強みでもある“かご染め”も、何模様かわからないとお客さまからの反応が鈍くて、それが悩みの種でもありました」

「山崎染色有限会社」として創業し、2014年に屋号を「桐染KIRISEN」と改め再スタートした

「古くて一見使っていないような機械もすべて現役なんです」
しかし、「弱み」と思えることを「強み」に変えて、それを魅力的に見せることは、前職のグラフィックデザイナー時代に幾度となく経験してきたこと。
「何より、うちのよさや技術の高さは自分がよくわかっているので、とにかくかご染めの魅力をずっと伝えつづけました。小さいころ、祖父(2代目)がよく話してくれたんです。

ゆりさんの祖父、2代目の山崎貞治さんは桐生織染色部門の伝統工芸士。認定書や感謝状が並ぶ。「かご染めの道具なども祖父がつくったものをいまでも使っています」
『かご染めはやり方が無限にあるんだ』って。その言葉を思い出して、発想を転換すれば、必ず伝わるはずだと」
代々受け継がれてきた、桐染を代表する染色技術“かご染め”の様子

専用のかごに染める布や服を挟み込んで染色液に浸し、手作業で染めていく

布を手繰り寄せ模様をつくる。「先代の作業を見て覚え、自分で何度も繰り返して、ようやく感覚が身につきます」

Tシャツ1着分のかご詰めが完了

美しいまだら模様を染め上げるには高い技術がいる。「ひとつとして同じ模様にならない。1点もののよさをみなさんに知ってほしい」
そうして生まれたのが“マーブル染め”です。きっかけは、他社製品をかご染めしていたときに染料が飛んでしまい、買い取りが必要なB品が出てしまったこと。たいていは処分されるB品をむだにしたくないという思いがありました。
「よくよく見るとその染料の飛び方が面白かったんです。これは新しい表現になるんじゃないかと試作を重ねるうちに、生地の上で染料を混ぜることを思いつきました」

工場の一角にある染料室には、厳選された色とりどりの染料が並ぶ。「染色というと感覚でやっていると思われがちなのですが、実は細密な計算の世界なんです」

染料の配合量などが細かく記載された「色見本帳」は手放せない

染料の計量は必須。1g違うだけで、染め上がりの色は大きく変わってしまう
色が混ざることで何色もの花をちりばめたような美しさがあるマーブル染めは、浴衣として桐染の夏の定番商品に。ゆりさんが初めて世に送り出したオリジナル商品になりました。
サステナブルな物づくりは、日本文化が育んできたもの

桐染の夏の定番となった手染めの浴衣。手前側にあるのが、ゆりさんが考案したマーブル染めのもの。「一反の布を1mmのむだも出さずに仕立て上げる浴衣は、とてもサステナブルなものです」
浴衣を選んだことにも理由があります。桐生で育ったゆりさんにとって着物は身近なもの。仕立てる際も端切れが出ず、汚れたら染め直せばよく、親子代々着て繋いでいけるサステナブルなものだと日ごろから感じていました。

「繊維ごみを出さず、年齢や時代に流されないもので、気軽に手に取ってもらえる。そしてむだを出さない日本文化のよさを、浴衣でなら伝えられるんじゃないかなと」
浴衣の販売が軌道に乗り始めた矢先、コロナ禍に。イベントへの出店も減っていき、情報発信の場を失いつつありました。そのとき思い出したのが、以前イベントで好評だった“染め直し”でした。

3代目で工場長の父、山崎晃さん。無地に染める地染めの作業中

柄入りの洋服は、ぼかし染めがおすすめ。残した上部の柄が生きたモダンな仕上がりに
「染料の組み合わせ次第で、色は無限につくれるので、マンスリーカラーという形で、12カ月12色で染め直しをやってみようと思いつきました。色は『花鳥風月』の考え方を意識して決めています。季節の移り変わりを楽しむ感覚を大切に、そのときどきの空気感に合う色を選ぶようにしています」
反応は上々で、注文も増えています。なかには毎月注文する方や、形見の洋服を持ってくる方も。

染め直しで注文できる染めの仕上がりは3種類。左から、「ぼかし染め」「地染め」「かご染め」。同じ色の染料でも印象ががらりと変わるのも染め直しの面白さ
「染色が人の役に立てているなって、染め直しを始めたことで初めて実感できました」
完成品を手にして、新品の服を買うよりもうれしいという人も多いのだとか。愛着があって手放せずにいた少しくたびれた服が、鮮やかさを取り戻し、再び袖を通せる喜びは、新品を買うことに勝るのかもしれません。

製造過程で出た傷や汚れのために販売できない、いわゆるB品を染め直すことで生まれ変わらせる「B shirts project」にも注力。今後は他社との連携も考えている

イベントでは、古着を染め直して販売することも。「気になった古着があると買っておきます。刺しゅうがあるものは、その部分が染まらないので、それもまた素敵です」

ネット注文で染め直しをオーダーすると、染め直した色がひと目でわかるステッカーが貼られた箱で届く。グラフィックデザイナーだったゆりさんならではの工夫が
お気に入りを色違いで買う前に、一度、染め直しを試してみても。自分だけの特別な一着になるかもしれません。
桐染(KIRISEN)
電話 0277-44-4669
営業:9:00〜17:00
休み:土・日曜、祝日
https://kirisen.theshop.jp
<撮影/近藤沙菜 取材・文/鈴木香里>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです