• 仕事一筋に走り抜けてきたこれまでと、年を重ねたこれからの人生。自分らしく働きつづける「石見銀山 群言堂」の松場登美さん に、これまでの働き方とこれからの働き方について伺いました。
    (『天然生活』2023年3月号掲載)

    これからの私の働き方

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    ものづくりの新たな可能性を探りながら、人が集う場をつくり、これからもみんなのつなぎ手で。

    次の世代にバトンを渡す

    画像: 登美さんの隣から次女・峰山由紀子さん、三女・松場奈緒子さんと夫・忠さん。娘たちは大森町を出て経験を積み、Uターン。地元を支える力になっている

    登美さんの隣から次女・峰山由紀子さん、三女・松場奈緒子さんと夫・忠さん。娘たちは大森町を出て経験を積み、Uターン。地元を支える力になっている

    群言堂を引き継ぐのは、松場家の次の世代。

    「子育てはていねいにできなかったけど、子どもたちが見ているから背中を正して生きていきたいと思っていました」と登美さん。

    「子どものころから、夢中で楽しむ大人を見せてもらったと思います」と娘の峰山由紀子さん。

    「目指すものは同じ、だけど時代が変わるなか、僕らなりの道を歩んでいけたら」と松場忠さん。

    思いは引き継がれています。

    自分の手でリノベーション

    画像: 細かなディテールまで、好みのままに。ものづくりが好きな登美さんにとってリノベーションは至福。ここでやりたいことを話し始めると、途端に無邪気に

    細かなディテールまで、好みのままに。ものづくりが好きな登美さんにとってリノベーションは至福。ここでやりたいことを話し始めると、途端に無邪気に

    登美さん自身で手を動かしてリノベーションする、福富家。

    「キッチンのタイルは古い染付のかけらから図案を起こしたもので、東京で見つけて憧れていたんです」

    壁の漆喰や床の柿渋は家族や社員たちと塗ったそう。蔵の前には愛農かまどとピザ窯、庭にあった石を生かしてファイアピットも。

    「自分たちでつくるから愛着もひとしお。みんなと楽しむイメージがどんどん膨らみます」

    これまでと、これからの時間割

    ●これまでの時間割

    06:00起床 朝食、洗濯など
    08:30出社
    12:00自宅で昼食
    13:00会社に戻り仕事の続き
    18:30他郷阿部家でお客さまを迎えて一緒に夕食
    20:30帰宅 映画を観るなど、自分の時間を過ごす
    23:00就寝

    ●これからの時間割

    06:00起床 朝食、洗濯など
    08:30出社
    11:00仕事がひと段落したら福富家で改修や庭づくり
    18:30大森に戻り、他郷阿部家でお客さまを迎えて夕食
    20:30帰宅 映画を観るなど、自分の時間を過ごす
    23:00就寝

    私の仕事の思い出アルバム

    山深い大森町まで足を運んでもらえたら。地元の人たちと一緒に町づくりから。

    39歳 広島にて初めての展示会を開催

    画像: 広島にて初めて単独でブラハウスの展示会を開催。身近な自然素材、竹を什器に。いまも縁側の床材にしたり、器に使ったり、暮らしに竹を生かしている

    広島にて初めて単独でブラハウスの展示会を開催。身近な自然素材、竹を什器に。いまも縁側の床材にしたり、器に使ったり、暮らしに竹を生かしている

    群言堂の前身であるブラハウス。ぬくもりや懐かしさのある手づくりのものに価値を感じ、エプロンやキッチン小物を手がけていました。

    1987年、チャレンジのつもりで東京のジャパンテックスに出展、翌年は広島で展示会を開催し、広く知ってもらうきっかけに。

    「カントリー雑貨やパッチワーク人気も追い風になって、全国から注文が集まり、地元でやっていく自信につながりました」

    40歳 大森町にある古民家でお店を始める

    画像: ボロボロの空き家を改修してお店に。その後の古民家再生に続く、一軒目となった。サポートしてくれた地元の女性スタッフたちと、おそろいのエプロンで

    ボロボロの空き家を改修してお店に。その後の古民家再生に続く、一軒目となった。サポートしてくれた地元の女性スタッフたちと、おそろいのエプロンで

    このころ、大森が重要伝統的建造物群保存地区に選定され、古民家を再生してお店をオープン。

    「バスが1日数便の辺鄙な町に店を開くなんてと周りからいわれましたが、石見銀山に店があることが価値につながると考えました」

    展示会はあえて地元で行い、送迎付きで石見銀山を案内し、わざわざ足を運びたくなるように工夫し、土地そのものの魅力も一緒に発信していきました。

    42歳 大森に暮らす人たちと毎年記念撮影

    画像: 大森町民みんなの集合写真が始まった、1991年の写真。撮影のタイミングはその年ごと、みんなが集まりやすい日に合わせて、小さな町だからできること

    大森町民みんなの集合写真が始まった、1991年の写真。撮影のタイミングはその年ごと、みんなが集まりやすい日に合わせて、小さな町だからできること

    「小さな町だからこそ、できることがある」と、1991年からスタートしたのが、大森町民みんなの記念撮影です。

    運動会やお祭りなど、みんなが集まるときに撮影。集合写真をもとに「大森町民元気カレンダー」をつくって、一軒ずつ配っています。子どもが大きくなり、赤ちゃんが生まれて……町の歴史そのもの。

    「50周年には、私は92歳。元気で集合写真に参加することも、これからの目標です」

    44歳 女性にエールを送る、鄙のひなまつり

    画像: 山菜でもてなしたり、たけのこをディスプレイに使ったり、土地のものでおもてなし。地元の人が土地に誇りをもっていることにも改めて気づけたそう

    山菜でもてなしたり、たけのこをディスプレイに使ったり、土地のものでおもてなし。地元の人が土地に誇りをもっていることにも改めて気づけたそう

    田舎暮らしを豊かにするためには女性の意識が変わらなければ。そんな思いで始めたのが、「鄙のひなまつり」。

    1993年から10年にわたって春に開催。藍染研究家の加藤エイミーさん、作家の森まゆみさんなどゲストを迎えてシンポジウムを開いて、ディスカッションし、夜は大宴会。

    このときばかりは、男性陣がエプロン姿で裏方に。

    「足元に宝物があることを知ってほしい一心でした」



    <撮影/渡邉英守 取材・文/田中のり子>

    松場登美(まつば・とみ)
    1949年、三重県生まれ。世界遺産・石見銀山がある島根・大森町に暮らし、1994年、夫・大吉とともに「群言堂」を立ち上げる。「石見銀山生活文化研究所所長」を長年務めるも、2023年より相談役に。『過疎再生』(小学館)など著書多数。
    インスタグラム:@matsuba_tomi
    https://www.gungendo.co.jp/

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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