• 仕事一筋に走り抜けてきたこれまでと、年を重ねたこれからの人生。自分らしく働きつづける「石見銀山 群言堂」 松場登美さんの仕事と人生を見つめました。
    (『天然生活』2023年3月号掲載)

    世代交代しても変わらない。伝えたいのは、暮らし方

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    かごいっぱいに活けた水仙は、リノベーション中の福富(ふくとみ)家から摘んできたもの。女将を務める宿、他郷阿部家に飾ってお客さまに季節を知らせます。

    画像: 暮らしの大切さを伝えたくて、古民家を再生して宿に。「器ひとつで暮らしは変わる、生活文化はとても大事だと思います。体力が続く限り、他郷阿部家の仕事は続けたいですね」

    暮らしの大切さを伝えたくて、古民家を再生して宿に。「器ひとつで暮らしは変わる、生活文化はとても大事だと思います。体力が続く限り、他郷阿部家の仕事は続けたいですね」

    「福富家はここから車で20分ほど、畑や裏山もある広い敷地でね。たくさん咲いているのがうれしくて、抱えきれないほど摘みました。この辺りより日当たりがいいから咲くのが一足早いですね」

    世界遺産・石見銀山がある大森町は、夫・松場大吉さんの故郷。名古屋から移り住み、夫婦で群言堂を立ち上げました。

    暮らしに根ざした服や小物を手がけ、古民家を再生して店や宿を営み、暮らしを提案。いまでは全国に店舗があり、スタッフは200名以上。

    最近でこそ地方移住が選択肢のひとつになりましたが、すべてが東京中心だった時代から、地方の豊かさ、強さを伝えてきた先駆者です。昨年12月、登美さんは73歳を迎え、夫とともに役職を退きました

    画像: デザインの仕事は離れたけれど「通りすがりに見て、いいなと思ったら声をかけますね」。チェックのワンピースは2023春夏のデザイン

    デザインの仕事は離れたけれど「通りすがりに見て、いいなと思ったら声をかけますね」。チェックのワンピースは2023春夏のデザイン

    「誕生日に社員さんたちがカードをくれて、私が『いつもチャレンジしている』『生き生きしている』と書いてくれました。ユズリハはまだ元気なうちに新しい芽が出て、それから古い葉が落ちる。どんな形の世代交代がいいかはそれぞれだと思うけれど、気力は若者と同じでも体力は年とともに衰えますから元気なうちにという思いがありました。太陽は沈む直前に美しい光を放つ、そんなふうに最後の力で輝くものでありたい。そういう終わり方がいいですね」

    今後も仕事は続けるものの、数年前から徐々にバトンタッチを始め、デザインの仕事はきっぱりと潔く手放したといいます。

    「これは本当に、ものすごくしんどい修行でしたね。思うことは山ほどあるけど、いい出すと切りがないので、ここはもう黙っておこうと。その代わり、次の目標を見つけようと思いました。エネルギーを次に移す。手放すことで新しいものが入ってくるといいますが、まさにそれだなと思います。デザインの仕事を手放して、福富家を授かりました」

    新しい目標をもって、自分の人生を輝かせる

    福富家は知人を通して出合った物件ですが、忙しさのあまりしばらくそのままだったそう。昭和に建てられた平屋で、長年空き家だったために傷んでいました。

    「由緒ある古民家というわけではないけれど、片づけを始めると家の声が聞こえてきて、やりたいことがどんどん湧いてきたんです。単に新しいハコにつくり変えてしまっては、ありきたりになってしまう。その家の個性を生かすことで唯一無二のものになっていく、そこが面白いんです」

    これまで10軒以上の古民家を大吉さんと改修してきましたが、ここはできる限り自分の手でコツコツと時間をかけてつくり上げたい。それが、次の目標のひとつになりました。

    画像: 執筆はパソコンではなく、原稿用紙で。「鳥のさえずりや風の音が聞こえる鄙舎(ひなや)で書きます」

    執筆はパソコンではなく、原稿用紙で。「鳥のさえずりや風の音が聞こえる鄙舎(ひなや)で書きます」

    敷地にある小さな蔵はまだ手つかず。果樹を植えて果実酒やジャムを仕込み、蔵に棚をつくって並べるのが楽しみ。人が集う場になるように、家の声を聞きながら使い道を考えたいと、とてもわくわく楽しそうです。

    「これまでを振り返ってみると、節目のときにはちゃんと出会いが用意されていたんだなと思います。人とも家ともそうですね。そうしてめぐってきたものは素直に受け入れる。ある方が『奇跡は、計画したり計算したり管理したりすると消える』とおっしゃっていたのですが、私は計算も管理も苦手な人間、だからこういうめぐり合わせが起こるのかな。人生は小さな奇跡の連続だと思います」

    群言堂の前身、ブラハウスがキルトのつくり手を応援すべくかつて行っていた銀の針賞。30年以上を経て当時の受賞者が昨年、教室の生徒たちと群言堂本店で展示会を開催。

    その時たまたま他郷阿部家に泊まっていた、カナダからのお客さまは偶然にもヒューストンの国際キルトフェスティバルの参加者で、この季節に展示会があるならまた来たいといってくれたそう。

    かつてまいた種が時を経て花を咲かせ、小さな奇跡となる。これからに続く、新たな楽しみがあちこちに芽生えています。

    画像: 会社のデスクでは講演会の準備などを。窓から移築した茅葺きの鄙舎が見える

    会社のデスクでは講演会の準備などを。窓から移築した茅葺きの鄙舎が見える

    今後、大吉さんは町の未来のために尽力していくそう。登美さんはものづくりを軸とし、障害者施設をめぐるなどして、これからできることを模索します。

    仕事机の横にあるのは生まれ年から続く、100年カレンダー。「これを見ていると80歳の自分はどんなだろうと楽しみ」と登美さん、チャレンジは続きます。



    <撮影/渡邉英守 取材・文/宮下亜紀>

    松場登美(まつば・とみ)
    1949年、三重県生まれ。世界遺産・石見銀山がある島根・大森町に暮らし、1994年、夫・大吉とともに「群言堂」を立ち上げる。「石見銀山生活文化研究所所長」を長年務めるも、2023年より相談役に。『過疎再生』(小学館)など著書多数。
    インスタグラム:@matsuba_tomi
    https://www.gungendo.co.jp/

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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