(『天然生活』2023年6号掲載)
香りは透き通った言葉。あなたに、そして私自身に。
長野・蓼科でハーブ店を営みながら、緩和ケアや精神科病棟でボランティア活動を長年重ねてきた、萩尾エリ子さん。多くの場面で香りがもつ偉大な力を感じてきました。
「体や心の痛みを抱える方たちを前にすると、言葉はなんと無力だろうと感じることが多いものです。
ところが、香りを用いると、ふと表情がゆるみ、目の奥に光が生まれて。精油が本能の領域へと豊かに語りかけ、相手へと届く瞬間を何度となく体感してきました。
だれかを思うときも、自分自身にも。香りは透き通った言葉として、はたらきかけてくれるのです」
世界に数ある治療法のなかでも「嗅覚を使うのはアロマテラピーだけ」なのだとか。
そのメカニズムは、下のコラムの中の図のように、徐々に解明されてきました。
精油も多様に流通していますが、まず大切にしたいのは品質の確かなものを選ぶこと。
「精油はぜひ、成分分析表のあるものを選んでいただきたいですね」
コラム:精油はどのように心と体に伝わるか
精油の使用方法は、大きくふたつ。
「ひとつ目はディフューザーなどを使って精油を蒸気に乗せ、香りを鼻から取り入れるもの。
鼻から入った香りは脳の中の本能の領域に届き、ホルモンおよび神経化学物質の放出や精神的・感情的影響をもたらすとされています」
ふたつ目は経皮。キャリアオイル等と混ぜて皮膚に塗る方法です。
「精油は分子量が小さいため、表皮から真皮、皮下組織を通って筋肉組織に到達します。マッサージオイルで肩こりや関節痛などが和らぐのはこのため。
なお、リスクの高い経口摂取は専門家のアドバイスに従うことをおすすめします」
精油の品質とともに守りたいのがその用法。
「たとえば多くの精油は植物から水分と油分を分離させているため、水に溶けにくい性質をもちます。使用の際は水ではなく、オイルやアルコールで希釈して用いましょう」
精油は重量あたりの植物量が最も多い状態と考えれば、適切な濃度を守ることも安全な使用に欠かせないポイントです。
小さな花束のように、一杯のスープのように
アロマテラピーは植物療法のひとつですが、「私は現代医学も大切に思っています」と萩尾さん。
「不安を感じたら、まず医療機関を訪れることも必要。客観的に状況を知ったうえで、別の手当て、手立ても使うことができたなら、とても心強いことです。
そのためにもまずは医療従事者の皆さんやご家族に『香りにできること』や、手で触れることの作用を見ていただこうと、数十年前に病院ボランティアの世界に飛び込んだのです」
そして時は過ぎ、いまでは医療現場でも家庭でも、格段にアロマが浸透するようになりました。
「小さな花束のように、一杯のスープのように。多くの方が守りたい人、寄り添いたい人にアロマを届けられるようになるといいですね。
その花束はもちろん自分自身にも。だれかをいたわれる自分であるためにも、あなたが健やかでいられることはとても大切です」
日々の気分や体の状態に合わせて精油に親しむことは、香りそのものを繊細に楽しむための扉を開いてくれるかもしれません、とも。
「風のにおい、花のにおい、夕暮れのにおい……。世界には香りがあふれています。心安らぐ香りは、ひょっとしたら日常のなかにもあるかもしれません。
香りの魔法に気づくきっかけが、アロマによって生まれたら、うれしいですね」
〈監修/萩尾エリ子 撮影/寺澤太郎 構成・文/玉木美企子〉
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萩尾エリ子(はぎお・えりこ)
はぎお・えりこ ハーバリスト。ナード・アロマテラピー協会認定アロマ・トレーナー。長野・茅野にて薬草店「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」を営み、ハーブティーや精油の販売のほかアロマテラピーにまつわる講座も開催している。著書に『あなたの木陰』amazonで見る 『香りの扉、草の椅子』amazonで見る (ともに扶桑社)など。
https://www.herbalnote.co.jp/
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです