(別冊天然生活『暮らしを育てる台所』より)
海外で料理経験を積んだのち、再び育ったこの家へ
長野県中川村の中心地から山中へ車を走らせること約20分。深い緑のなか、ふいに見上げるほど大きな古民家が現れました。
周囲に聞こえるのは庭の豊かな湧き水の流れと鳥のさえずり、風にそよぐ森のざわめきだけ。
自然に溶け込んで立つこの家で、ワインあけびさんは育ちました。
ストーブ作家イエルカ・ワインさんを父に、織物作家の関悦子さんを母にもつあけびさん。地元の高校を卒業後は日本を離れ、長く海外で生活を送っていました。
チェコの大学を卒業後、フランス、イタリアで料理の経験を積んだ20代と少し。この家での暮らしは13年ぶりのことです。
それでもやはり、光も影も美しいこの台所に立つあけびさんの姿は、しっくりと空間になじんでいます。
フランス、イタリアでの“思い出の味”をひと皿に
この日のお昼ごはんは、あけびさんお手製の保存食「グリーントマトとくるみのコンフィチュール」を主役に据えた食卓となりました。
トマトにしか出せない青い香りとくるみの香ばしさが合わさったその一品は、チーズにも肉料理にも深みを添える絶品の味わい。
南フランスの小さな町で、この珍しくも格別な組み合わせに出合ったとき、あけびさんは跳び上がるほど興奮したと話します。
「料理の技を尽くしたようなクラシカルなフランス料理の尊さも感じますが、こういう『ふつうにあるもの同士の思いもよらない組み合わせ』に出合えるのは、世界中の郷土料理に共通する大きな魅力。これからは日本を拠点にして、イタリア各州の素晴らしい郷土料理レシピを採集しに出かける暮らしができたらと考えています」
瀬戸の石皿に盛られたサフランのリゾットはイタリア・ミラノで尊敬する女性シェフと食べた思い出の味。軽く干したズッキーニをグリルして漬け込むズッキーニ料理はプーリア州のものだそう。
各地を歩き、暮らし、味わい尽くしてこそ伝えられる味が、あけびさんの生み出すひと皿ごとに息づいているようです。
〈撮影/佐々木健太 取材・文/玉木美企子〉
ワインあけび(わいん・あけび)
長野県出身。フランスとイタリアのレストランで働きながら、日本でケータリングや料理教室などの活動を開始。2020年に鎌倉にアトリエを構え、オンラインストア「Zoe」をオープン。