たくさん書いても、大事なことは埋もれない。
あるとき、白井明大さんは沖縄生まれの詩人、山之口貘さんの原稿を見る機会がありました。その推敲枚数の多さに愕然としたそうです。
「短い詩をひとつ書くために、原稿用紙を100枚も200枚も使っていたんです。それを見て、自分ももっと時間をかけて言葉に向き合いたいと思いました」
じっくり書くための道具として万年筆を持ち、ノートを開いて書いてみたら、自然と日記になっていたーーと話す白井さん。でもそれは、一般的な日記とは少し違うよう。
「朝はまず日付を書いてから、今日は何をしようかと予定を書いてみたり、昼間は出先の喫茶店で思いついたことを、たとえば『そろそろ渡り鳥の季節だな』などと書いてみたり。夜は寝る前に1日を振り返り、気持ちを書くことが多いかもしれません。このノートに詩も書くし、本の企画が浮かんだらそれも書き付ける。ぜんぶを1冊にしています。『日記ばかり書いてないで、そろそろ仕事をしなくては』なんて他愛ないこともいっぱい書く。そう、日記はいわばひとりごとですね」
スケジュールからアイデアまで何でも書いているため、月にノート1冊を使い切るペースでページが埋まっていきます。見返したい内容を探し出そうとしても……。
「発掘するのは、困難です(笑)。それもいいなと思っています。日が変わると、アイデアなど同じテーマについては、一からまた書くようにしているんですね。無駄な作業かもしれませんし、便利な日記ではないですけれど、くり返し書いていると、すごく心に残っていることは何度も出てくるし、その場で思いついてその場で消えていくものもある。夜中にまた同じことをクヨクヨと書いているなとか、心の大きいところを占めているものが何なのかが、わかったりもします」
日記は白井さんにとって、整理をせずに、漠然としたままで書いていくもの。繰り返すうちに自然とふるい落とされて、大事なことだけが残っていく。時間をかけてたどり着くからこそ、意味があるのでした。
<撮影/當麻 妙 取材・文/石川理恵 >
<白井さんプロフィール>
白井明大(しらい・あけひろ)
沖縄在住。『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞受賞。2月27日、新刊『日本の七十二候を楽しむ ー旧暦のある暮らしー 増補新装版』(KADOKAWA)が発売に。
石川理恵(いしかわ・りえ)
著書に『身軽に暮らす』(技術評論社)、『リトルプレスをつくる』(グラフィック社)があるほか、雑誌や書籍で暮らしや生き方にまつわる記事を編集・執筆。