こけに目が留まる「こけ目」になると、身近な場所に、とても豊かで奥深い、こけの世界が広がっているのに気づきます。普段の暮らしが楽しくなる、こけの魅力を、こけに魅せられたこけ女子に教えてもらいました。
こけの魅力は幅広い
こけが好きです。何がどう好きなのか聞かれても、ひとことでは答えきれないほどの魅力がこけにはあります。多様性、美しさ、不思議さ、生きものとしての強さ。
こけの生き方を知るようになって、多くを学びました。おおげさに聞こえるかもしれませんが、私にとってこけとの出会いは、世界の見え方が180度変わってしまうような転機だったのです。
といっても10年ほど前までは、こけのことをよく知りませんでした。当時の私は山登りが一番の趣味で、休日となれば電車やバスを乗り継ぎ、都会から脱出して自然の中を歩くのが常。あるとき、休憩しに立ち寄った山小屋でお茶をいただいていたら、そこのご主人から「今度この辺りでこけの観察会をやるので来てみませんか」とお誘いいただきました。
山に登っていたくらいですから、植物界に対して親しみは持ち合わせていたものの、当時の私の頭の中のこけは、「足元に生えている小さな緑」というざっくりしたイメージ。
ところが、後日興味本位で参加した観察会で、それまでの自分には何も見えていなかったと思い知ります。初めてルーペ越しにこけの世界を見たときの衝撃は忘れられません。「足元の緑」と一括りにしていた景色の中には、想像したことないくらいさまざまな形や色のこけが輝いていたのです。目に映っていたようで見過ごしていた、小さくて大きな世界。
それから夢中になってこけに関する情報を集め、通勤電車の中でもポケット図鑑を眺めるという熱の入れよう。当時こけはいまほど注目されていなかったようで、大きな書店に行ってもキノコやシダと比べて明らかに扱いが小さく、本を探すのにも苦労したものです。休日の山登りでは、頂上を目指す登山とは別に、こけを見つけながらゆっくり歩くことも増えました。
こけの観察道具
ルーペ
こけをじっくり見始めると熱中していまい、知らないうちに時間が経ってしまうことがあります。ルーペは倍率が高ければ高いほど、細部が見えておもしろいのですが、高倍率のタイプは長時間使うと目が疲れてしまうので注意が必要です。
学校教材の子ども用ルーペや、新聞用の拡大鏡は倍率が2.5倍や3.5倍ぐらいのことが多く、はじめての方にも使いやすいと思います。普段私が使っているものも2.5倍の手持ちタイプ(写真左)と、3倍・4倍・5倍の3連レンズタイプ(写真右)、そこまで倍率は高くありません。
本や新聞を読むときと違って、こけを見たければ自分から相手に近づく必要があります。まず、目のすぐ前にレンズがくるようにルーペを持ちます。そしてこけにピントが合うまで近づきます。
デジタルカメラ
デジタルカメラもルーペのように使えます。マクロモードで撮影してから画像を拡大すると、葉の縁のぎざぎざなど、肉眼ではわからなかった細部が見えてびっくり。
霧吹き
こけは、乾燥しているときとそうでないときとで、姿が違うことがあります。晴れた日は持参した霧吹きで水をシュッシュ。種類によっては、水をかけた途端に葉が広がって変身します。
ノートと筆記用具
写真を撮るだけでなく、ノートに記録しておくのもおすすめ。どんな場所でどんなこけを見つけたか、そのこけは何から生えていたか、どんな特徴があったか、何が印象的だったかなどを、自分の言葉やイラストで記録しておくとよいです。後で環境が似ている場所を通りがかったときに、同じ種類のこけを見つける手がかりになるかもしれません。
ちなみに、私は何度も行ったことがある場所ですら道に迷ってしまう方向音痴。それなのに、「あのこけを見たあの曲がり角」という思い出し方をすると、ちゃんとたどり着けたりするから不思議です。
こけを知る前の私が見ていた景色が、12色の色鉛筆で描かれた絵だったとしたら、こけを知ってから見えるようになった世界は360色で描かれた絵のよう。それくらい世界が彩り豊かになり、すっかりこけに魅せられました。
そしてこけのことばかり考えているうちに、いつでもどこでもこけが目に留まるようになりました。こけ好きの間ではこの状態を「こけ目になる」と呼びます。身近な場所にもこけがいると気がついたら、毎日が輝きだしました。
この連載では、そんな楽しさをお伝えしていければと思います。次回は市街地でのこけ探しのススメです。
<文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >
芝生かおり(しぼう・かおり)
東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。
吉田智彦(よしだ・ともひこ)
文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。