身近な場所どこでもわくわく
かつて私は、自然に癒されたいという願望があって遠方の山まで出かけていたのですが、こけを知ってから、案外身近な場所に自然が溢れていることに気付かされました。家からバス停まで、駅から職場までの道のりといった、普段の生活で見かける場所すべてがこけの探訪場所になりました。
植木鉢や花壇の中、緑道や生垣の地面、街路樹の幹、石垣やコンクリート塀、アスファルトの道路の割れ目、マンホールの蓋、あらそんな所に!?と思うような場所で見られます。これにはこけ特有のからだのつくりが関係しています。
こけには仮根(かこん)と呼ばれる、根に似た器官がありますが、それは何かに張り付くためのものであって、地面から水分や栄養を吸い上げる機能はありません。実は、こけは根でなくからだ全体で水分を吸収する植物。だから土からではなく岩や人工物に生えることがあるのです。
それでは、どうして根ではなく、からだ全体で水分を吸収できるのでしょうか。植物の表面ではクチクラ層と呼ばれる層が水分の蒸発を防ぎ、乾燥から身を守っています。ところがこけの場合はクチクラ層が発達していないので、乾燥すれば直ちに水分が出て行ってしまうのですが、その反面、水分を直接取り込める表面でもあるわけです。
からからになったところで死んではおらず、「休眠」しているだけ。水分を得れば再び元の姿に戻ります。一見乾燥に弱いようでいて、たくみに環境の変化に対応しながら生きている。そんなしぶとさもこけの魅力です。
また、ほかの植物よりからだが小さなこけは、お日さまの光を得るための場所取り合戦においては弱者に見えます。しかし逆に、草木やシダが生えないような場所に生えているこけがいることからすると、こけにもちゃんと居場所はあって、自然界には有利も不利もないのかもしれません。
街の中で会える、こけたち
こちらは、住宅街にある我が家から10m以内で見つけたこけたち。皆さんの暮らしの近くにもいるかもしれませんね。
ギンゴケ
ギンゴケはその名の通り、少し銀色がかった色が特徴的。色の秘密は葉を拡大するとわかります。先端が透明になっていて、それが紫外線対策になっているのです。日当たりのよい場所で見られる種類で、標高の高い場所や南極、車道の脇など、過酷な環境で生きる強さがすごい。
ハイゴケ
這うようにして広がりじゅうたんのような群落をつくるハイゴケ。身近な場所でよく見られるこけで、苔玉のベースに使われることも多いです。我が家では苔玉を鉢に入れておいたところ、いつしか玉の形が崩れ、隣の鉢にも侵食し始めました。どこまで広がるかと見守っています。
ヒメジャゴケ
こちらはジャゴケの仲間。表面に鱗模様があって蛇に似ているからジャゴケ。私の周りでは「気持ち悪い」という人と「かっこいい」という人、反応が二つに分かれます。私は、模様のおかげで見つけやすいからか無性に親しみを感じており、見つけると「やあ!」と声を掛けたくなります。やや日陰を好むこけです。
ゼニゴケ
こけの話題になると、かなり高い確率で受けるのが「うちの庭にはびこっているこけを何とかしたいんですが」というご相談。その場合、ゼニゴケを指していることが多いです。地面にべったり張り付くようにして増殖していく様が嫌悪感を抱かせてしまうようです。でもよく見たらユーモラスな形で可愛いんです。相談してきた人には「ルーペで見たら好きになれるかもしれませんよ」とアドバイスしています。
乾燥しても死なない、放っておいても勝手に生えてくる、そしてどこにでもいるようだとなると、こけが最強の植物に思えてきたでしょうか。でもそれは早合点。こけがあちこちで見られるのは、種類がとても多いから。個々の種類にはそれぞれに適した生育条件というものがあって、特定の環境を好みます。
たとえば、建物の近くか池の縁なのか、周りに木が生えているかいないかだけで、日当たりや風の通り具合、湿度などが変わってきますよね。だから同じ敷地の中であっても、すべての面で一様に同じこけが生えているわけではなく、場所によって生えている種類が違うはずです。
美しいこけを見つけて連れて帰りたくなっても、生えていた場所と違う環境では生きられないかもしれません。その場での出合いを大切にしましょう。気に入ったのならまたそこへ会いに行けばいいし、定点観察という楽しみ方もあります。
<文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >
芝生かおり(しぼう・かおり)
東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。
吉田智彦(よしだ・ともひこ)
文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。