『天然生活』2020年4月号のインタビュー記事、「会うこと、聞くこと」に登場してくださった、書体設計士の鳥海修さん。
書体設計士とは、いま皆さんが読んでいるこの文字をはじめ、本や雑誌、パソコン、スマートフォンなどに載る文字をデザインする人のことです。鳥海さんは、小説などの長い文章に使われる「本文書体」の設計を専門としています。
穏やかで、気さくな雰囲気の鳥海さん。書体について何も知らない私たちに対し、丁寧に噛みくだいて説明してくださいました。
この世界に入ったきっかけ、書体デザインの際に心に留めていることなど……。どの話も本当に興味深く、取材終了予定時間を過ぎてもなお、質問を重ねてしまったほど。
夏目漱石の『こころ』を読んでつくった仮名文字
これまで、たくさんの書体を設計してきた鳥海さん。2009年、とある会社の依頼で「近代文学用の仮名文字」をデザインしました。
「夏目漱石の『こころ』を読んでイメージした仮名文字をつくってほしいといわれたんです。
僕は昔から夏目漱石が結構好きだったんだけど、あらためて読んでみると、やっぱり漱石の文章っていいんだよね。これは流し読みできない文章だなって思ったんですよ。
ひと文字ひと文字を意識しながら、ていねいにゆっくり読んでほしいなと思った。
そこで、まず漢字に対して少し小さめの仮名がいいかな、と。それから文字同士の間がちょっとあいている。そのほうが、ひとつずつ粒を拾っていくように読めるんじゃないかと考えた。
それと、ゆっくり読むっていうのは、ゆっくり書くっていうこととつながると僕は思っていて。
つまり、筆運びのスピードがゆっくりになる。それはつまり、曲線が多くなるということ。
早く書くと“すとん”という感じで、字が直線的になるんですよ。
そんなふうにして、かたちや運筆のスピード、力のいれどころなどを考えてつくりました」
そうして試行錯誤しながらできたのが「文麗仮名」という書体。柔らかさと同時に、なんだか背筋が伸びるような気品のある文字です。
鳥海さんがご自身の仕事について綴った著書『文字を作る仕事』の本文にも文麗仮名が使われています。機会があればぜひ手にとって見てみてください。
名文をゆっくりと味わって読んでほしい。そんな思いまでがひとつの書体に込められていることを知り、胸を打たれる思いでした。
美しい文章をかみしめるように読んだり、登場人物に感情移入したり。私たちがなにかを読んで心を動かされるとき、そこには文章そのものだけでなく、書体の力や、それをつくった人の思いもはたらいているのかもしれません。
この書体はどんな思いでつくられたんだろう。どんな人がデザインしたんだろう。そんな思いを巡らせることで、“読む”という体験がさらに深まっていきそうです。
<撮影/山田耕司 取材・文/嶌 陽子>
鳥海 修(とりのうみ・おさむ)
1955年生まれ。ベーシック書体を中心に現在まで100書体以上の開発に携わる。2002年に第1回佐藤敬之輔賞、2005年にグッドデザイン賞、2008東京TDC タイアップデザイン賞を受賞。著書に『文字を作る仕事』(晶文社)、『本をつくる』(共著、河出書房新社)。武蔵野美術大学視覚デザイン学科非常勤講師、東京精華大学客員教授。