• こけそのものも、繁殖のための胞子体も、多様な姿をしています。とくに胞子体は変わった形が多く、ちょっと奇妙だけれどかわいい姿は、見ていて飽きることがありません。そこには、植物としての生存戦略があるようで、なぜそんな形なのか考え始めると想像が尽きません。そんな、こけのディープな魅力を覗いてみましょう。

    こけは成長すると胞子体をつけ、胞子を出して増える、というサイクルを持っています。

    と、ひとことでいってしまえば簡単なことのように思えますが、胞子体が実るのだって、胞子がまかれていくのだって、さまざまな条件が重ならなければ実現しません。繁殖するためにはこけだって必死で、あの手この手を使います。胞子に頼らずに増える方法を持っているこけもいます。

    雨を利用する

    こけは、雄株からの精子と雌株の卵が出合って、受精して胞子体をつくり、そこから出た胞子がまかれることで子孫を増やします。精子は泳いで卵にたどり着くので、水が不可欠です。しかし雄株と雌株が同じ水の中に浸かっていないのに、どうして受精できるのでしょうか。

    その秘密は雨にあります。雨が降ると、雄株では造精器という部分から精子の入った塊が出てきて、精子が泳ぎ出します。そこに落ちた雨粒が跳ね上がると、精子を含んだ飛沫となって雌株の造卵器へ到達。そうやって精子を運んでくれるのです。雄株をよく見ると、造精器の部分は水が溜まりやすい形状にできているようです。

    ところで、精子は泳いで卵へ向かうと書きましたが、ジャゴケのように精子を飛ばすこけもいます。私はその間欠泉のような瞬間を映像で観たことがあるだけですが、いつか直に見てみたいものです。

    虫を利用する

    たいがいの胞子は風に乗って散布されますが、なかには虫に胞子を運んでもらうこけも。ハエが好む匂いを出しておびき寄せ、とまったハエの体に胞子がくっついて、ほかの場所へと運ばれていくという仕組み。胞子を運んだハエが動物の糞に着地すれば、その糞から発芽する形となります。

    こけ好きさんの間では通称「糞ゴケ」と呼ばれており、その胞子体は色が鮮やかで美しいことが多いです。

    画像: 糞ゴケに虫がとまっている瞬間を撮れました!

    糞ゴケに虫がとまっている瞬間を撮れました!

    胞子体の形いろいろ

    画像1: 胞子体の形いろいろ

    タマゴケの名の由来は、球状の胞子体。小さくて丸いものって往々にして可愛いですよね。でも拡大して見てしまうと印象が変わるような……。

    画像2: 胞子体の形いろいろ

    麦粒のような胞子体をつけるキセルゴケの仲間。雨粒を受ける面が広く、しずくが落ちた衝撃で中から胞子が放出される様子は、パイプから出る煙みたい。

    画像3: 胞子体の形いろいろ

    ムツデチョウチンゴケは1本の茎に複数の胞子体がつきます(6つとは限りません)。名付けた人は、下向きの蒴を提灯に見立てたのでしょう。

    画像4: 胞子体の形いろいろ

    こちらは苔類の胞子体。マイクのような、マッチ棒の先っぽのような黒い部分が蒴です。つややかできれいですが、いったん弾けると、あと形も無くなります。

    胞子以外で増える方法

    胞子をまく以外の方法で増える種類のこけもあります。からだの一部に無性芽(むせいが)と呼ばれる粒のようなものをつくり、それが落ちたところから、またこけが生えるというクローン方式です。ゼニゴケは胞子をつくりますが、無性芽でも増えます。

    画像1: 胞子以外で増える方法

    ゼニゴケの葉に丸いカップのようなものがありますね。よーく見ると、カップの中には小さな粒状の無性芽がいっぱい。この粒が昔でいう銭に見えるので、ゼニゴケというネーミングの元になったといわれています。

    無性芽は雨水と共に流れ出て、または何かの拍子にこぼれ落ちて、どんどん繁殖していきます。「庭からゼニゴケをなくしたいのに、いくら取っても生えてくる!」という苦情(?)をたまに耳にしますが、それはゼニゴケを剥がそうとしたときに無性芽がこぼれ落ちているから。排除するどころか、種まきしているのと同じことになっているのです。ゼニゴケの方が一枚上手ですね。

    銭をまけばまくほど増えるとはめでたい話ですし、苔類好きの私としては、いっそゼニゴケガーデンにしても楽しいのではと、思ってしまいます。

    画像2: 胞子以外で増える方法

    こちらは湿った場所に見られる山野草で、ユキノシタの仲間「ネコノメソウ」です。種子植物なのですが、ゼニゴケの無性芽と同じように、雨粒によって種がカップの中から流れ出ていきます。分類上まったく別の植物でも、種まき方法が同じなのが興味深いです。

    このほかに、「矮雄」(わいゆう)といって、とても小さな雄株が雌株のからだの上につくられる種類もあります。矮雄とは生物用語で極端にメスより小さなオスを指し、植物に限らず様々な動物−深海魚やフジツボなどでも見られます。

    最後に、人工的に増やす方法としては、撒き(まき)ゴケという手法があります。言葉の通り、乾燥させたこけを揉みほぐしたり、ナイフで刻んだこけの葉などをまいて、上から土を被せておくと、そこから新しいこけが生えてくるというものです。ただし、そのこけに合った環境でなければ生えてきませんし、風や雨で流されてしまっても成功しないので、根気がいると聞きます。

    増え方ひとつとっても、ますます奥が深いこけの世界です。

    <文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >

    芝生かおり(しぼう・かおり)
    東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。

    吉田智彦(よしだ・ともひこ)
    文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。


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