素材にこだわり過ぎず、長時間発酵で味を追求
京王線「仙川駅」。この駅名を聞いてすぐにピンとくる方も多いはず。その仙川駅から徒歩5分ほど、商店街を抜けた住宅街にある「AOSAN(アオサン)」は、多くのパン好きから愛されてやまない人気店。取材にお伺いしたのは平日でしたが、開店直前には店の前に長蛇の列ができていました。そしてこれは10年以上も続く、変わらない光景です。
店主の奥田充央さんは、パティシエを目指しスイス・ドイツ菓子店「ゴッツェ」で修業した後、パン職人になるため自家製酵母パンの草分け的存在、「ルヴァン」で修業。独立後、パン職人の奥様とふたりで、2006年に「AOSAN」をスタートさせました。
「使っている小麦は北海道産のものがほとんどです。ひとつのパンを1種類の粉でつくることはまずなく、何種類か混ぜています。パンによって配合は違い、多いものだと7、8種ほど。粉によって個性が全然違うので、粉の個性を出すためにそうしています」
ハード系には、小麦から起こして20年ほどつなぎ続けている自家製酵母を使用。菓子パン類にはイーストを使いますが、「悪いといわれているものを配合していないイーストをつくっているところがあるので、そこのを使っています」とのこと。
「できるだけ変な材料は使わない。けどこだわり過ぎると、値段が上がってしまうんで、そこら辺は考えながら、ある程度のもので安全なものを使いながら、“なるべくシンプルに”を心がけています。素材を加えていくよりも、長時間かけて発酵することでパンをおいしくする方を選んでいるんです」
そんな長時間発酵の代表格が、看板商品の「角食」。仕込んでから焼き上げるまで、トータル3日もかかります。
「種を起こして1晩冷蔵発酵させておき、翌日にミキシングをして、冷蔵庫でもう1晩発酵させます。翌朝に分割、成形をして焼き上げるという流れです」
手間暇かけてつくられた「角食」は、驚くほどしっとりしていて、もっちりとした弾力も。「そのままでも、焼いてもおいしく食べられるようにつくっています」と奥田さんがいうように、焼かずに食べても粉の旨味がたっぷり感じられました。
皮の香ばしさとやさしい酸味が心地いい「カンパーニュ」も、工夫を凝らした品。
「製法はほかの天然酵母の店と変わらないと思うんですけど、意識しているのは、発酵のタイミングを大切にするところですかね。もしかするとほかの店よりも、ミキシングは強いかもしれないです。そうすると発酵が上手くいきやすいのと、味に必ず関わってくるので」
大勢の人が店に吸い寄せられるように集まってくる光景を目にして、これほどの人気を15年に渡って保ち続けていることに、心底驚かされました。なにか秘訣はあるのでしょうかと尋ねると、こんな答えが。
「そういうことは考えないですけども。うーん、ごまかさずというか、ちゃんと全部をおいしくつくろうとして、値段をなるべく抑えてというのは店を始めた頃からずっとやっているので。
もちろんある程度売れてたら、ちょっとずつ値段を上げれば利益は上がるんですけども、そうではなくて。材料費が上がっているので、価格を上げざるを得なかったりはするんですけど、でもお客さんからはやっぱり『安いね』っていってもらいますし。ごまかさずに全部見せてる感じはありますね」
食材にはこだわり過ぎず、足しすぎないことでコストを抑え、替わりに発酵の長さやミキシングの強さ、発酵の見極めなど、製法の工夫で可能なかぎりおいしいものをと考える「AOSAN」。そうして生まれるパンは、シンプルなのにそこはかとない深みのある味がします。もう一度、またもう一度と店に足を運ばずにはいられない、心と舌に深く刻まれる味なのです。
<撮影/山田耕司 取材・文/諸根文奈>
AOSAN(アオサン)
03-5313-0787 ※パンの予約は受け付けていません
12:00〜18:00(売り切れ次第閉店)
日・月休み
東京都調布市仙川町1-3-5
最寄り駅:京王線「仙川駅」
https://www.instagram.com/aosan_bakery/
https://aosan628.thebase.in/(ネット通販)