七転び八起き? 食器が割れて器屋に
日本百名山に選ばれる大山を東方に望む米子市は、日本海や湖・中海にも面する自然豊かな土地。そんな場所にあるのが「うつわと暮らしの道具 日々花(ひびか)」です。作家ものの器や工芸品のほかに、天然素材の洋服や小物、生活雑貨なども扱います。
学生時代に建築を学び、卒業後は設計の仕事に就いたという店主の田原あきこさん。結婚・出産を経て、パートで事務の仕事をするようになったそうですが、いずれも器とは無縁の仕事でした。
「夫が転勤族で、あるとき鳥取県に引っ越すことになったんです。そのとき、引っ越し屋さんがダンボールをひとつ落としてしまって。シャラシャラシャラッって音を立てたんですが、その箱には食器がぎっしり入っていて、中は壊滅状態でした」
業者の方が弁償するということで、まとめて食器を買うことになった田原さん。それまでは、「器は出掛けた先で、出合ったら買うぐらい」だったそうですが、それを機にじっくり調べてみることに。当時はインターネットがようやく充実してきた頃で、探すと実にいろんな作家さんが多種多様な器をつくっていることを知ります。
それからは、器を買いに関西方面まで足を運んだりと、器にすっかり夢中に。そうこうするうちに器がどんどん集まり、田原さんはそんな器を使ってカフェをやろうと思い立ちます。そしてイベント的な“一日カフェ”に挑戦してみたものの、「ひとりでカフェやるのはしんどい」となって断念。
「どうしようかなと思っていたんですが、お正月に『器屋をやりなさい』というお告げのような声が心に降ってきて(笑)。販売の経験はなかったんですが、相手にするのは個人の作家さんで“人対人”だから、しっかりと思いのたけを伝えていけば、なんとかなるだろうなと思いました」
その後はとんとん拍子に事が進み、2013年に「日々花」はオープン。店名には、「日々の暮らしの中で、心に小さな花を添えるような、そんなお品をお届けしたい」という田原さんの想いが込められています。
器を選ぶ楽しさを味わうお手伝い
そんな田原さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、福井県鯖江市で制作する、山岸厚夫(やまぎしあつお)さん芳次(よしつぐ)さん親子の漆器です。
「厚夫さんは70歳ほどのお年なんですが、漆の世界では風雲児的な存在で、ずっと新しいことをされてきた方です。厚夫さんの漆器は、刷毛目をわざと残してあるのが特徴。ツヤツヤテカテカの漆器が一般的だった時代に、そんな漆器が登場したのはとても画期的でした。
それ以前は、厚夫さんもツヤツヤの普通の漆器を手掛けていたそうですが、お客さんから手入れのことばかり質問されたり、手入れが不安で漆器を使ってもらえないといったことが嫌で、『だったら、洗いざらしのジーンズみたいな感じで、最初から刷毛目をつけておけばいいのでは』という発想でつくったものだそうです。
厚夫さんのいわゆる“芸術作品”は、木をくり抜いた木地に漆を塗った高価なものですが、それとは別に手にとりやすい価格帯のラインがあります。『木合(もくごう)』といって木粉入りの樹脂でつくった木地に漆が塗ってあり、うちの店で扱うのはこちらのタイプ。普通の木地のものと見た目は変わらず、強度も十分あります。『汁椀』は3千円代、写真の『合鹿椀』は6千円代で購入できます。これなら家族分も揃えやすいですよね。
色は黒が『曙(あけぼの)』で、赤の漆で塗ったうえに黒の漆が塗られています。赤いのは『根来 (ねごろ)』といって、黒の漆を塗ったうえに赤の漆が塗られています。経年変化で、『曙』は下の赤が透けてきて、『根来』は赤の色が鮮やかになってくるのも、育てる楽しみです」
お次は、大分県宇佐市で作陶する、角田淳(つのだじゅん)さんの鉢です。
「角田さんはずっと常滑で製作されていたんですが、7年ほど前に大分に移住されました。角田さんの夫も松原竜馬さんという作家さんで、角田さんは磁器、松原さんはスリップウェアなどを手掛けてらっしゃいます。
角田さんの器は、温かみのある磁器。これまでは白磁をつくってらっしゃったんですが、この頃は、くぬぎの木の灰釉(灰を使った釉薬)に挑戦されています。ご自宅の庭に、くぬぎの木がいっぱい生えているそうなんですね。それを乾燥させて薪ストーブの薪として使い、燃やして出た灰を利用されているんです。生活のなかで排出されたものが捨てられずに作品になるという、素敵な循環だなと思って。しかも、とってもきれいな色が出ています。
いまはコロナ禍で、初めて器に興味を持ったという方も多くいらっしゃいます。角田さんは、『そんなときに、人と響き合う琴線に触れるものをつくることができれば』という想いで、制作されていますね」
最後は、栃木県塩谷町で制作する、高塚和則(こうつかかずのり)さんの木皿です。
「高塚さんは栃木の作家さんで、益子の陶器市で出会いました。こちらのパン皿は、わりと昔からつくってらっしゃる定番のもので、トーストが最後までカリッと食べられます。素材が木で湿気を吸うというだけでなく、『はちの巣彫り』と呼ばれるこの丸い彫り目のおかげで、湿気が逃げやすいんです。
家でもずっと使っていますが、材がチェリーなので、使うほどに赤みが増して味わいが出てきます。毎日使うものこそちゃんといいものを使っていただけたら、お値段以上に本当にいい気分で毎日を過ごせると思うんです。パン皿としてだけでなく、ワンプレート的に使ってもいいですよ」
田原さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「まずは見た目で“ビビビッ”とくるものですが、その作家さんの器をひとつは必ず買って、使ってみます。欠けやすくないか、料理と合わせやすいか、料理を盛ったときの佇まいがいいか、サイズ感などをチェックしますね。
あとは、地方ならではかもしれませんが、この辺りは器屋さんが少ないので、いろんなタイプの器を並べるように意識しています。選択の幅を持たせて、お客さまに選ぶ楽しさを味わってもらえたらいいなと」
たしかにいわれてみると、店に並ぶ器は、トルコブルーの色彩鮮やかなもの、緻密なレリーフ模様、柔らかな印象の染付、どっしりとした粉引きなどバリエーション豊か。自分だけのひと品を選ぶわくわく感が広がります。
「日々花」は、来年の夏頃に、現在地から車で5分ほどの所に移転予定。いまはスペースの関係で、個展や企画展は長くお休みされていますが、移転先では再開されるのだそう。「目の前に湖が広がる景色のいいところ」ということで、いまからとても楽しみです。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/田原あきこ 取材・文/諸根文奈>
うつわと暮らしの道具 日々花
0859-30-4666
11:00~17:00(平日)、12:00~16:30(土日祝)
不定休 ※休みの予定は、SNSにてお知らせしています
鳥取県米子市角盤町1-71
電車:JR伯備線・山陰本線・境線「米子駅」から徒歩15分 ※各種路線バスあり
車:「米子南インター」「米子西インター」から約10分
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