オーダーメイドの選書が「一万円選書」
一万円選書に応募してくださるお客さんの多くは、本を読みたいけど、何を読んだらいいのかわからない、という方。
その方にぴったりの本を選ぶためには、人となりを知る必要があります。お医者さんが患者さんを診察してカルテを書くように、僕もカルテを通してお客さんを知り、オーダーメイドの選書をするのです。
あなたが求めている本を見つける手がかりに
一万円選書がブレイクしたあと、僕は1年かけて555人の選書を行いました。
時が経てば読んだ本も増えているだろうから、「あれからどんな本を読みました?」というやりとりを一人ひとりと重ねましてね。これが大変だったの。このやり方では余計な手間と時間がかかってしまう。それからは年に一度、1週間の募集期間を設けた抽選方式にして、ご縁のあった方にだけ、月に100人くらいずつ、「選書カルテ」を順に送ってもらって選書しています。
その後もNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』をはじめ、メディアでもよく取り上げてもらったし、体験した人がブログやSNSに投稿してくれるもんだから、おかげさまでたくさん注文いただいています。ありがたいことに、いまでも、3,000人ほどのお客さんが僕の選書を待ってくれているんですね。
どうしてこんな田舎の小さな本屋に全国から注文が殺到するのか。取材なんかでもよく聞かれるんですが、やっぱり一万円選書の鍵になる「選書カルテ」が果たす役割は大きいでしょうね。
「選書カルテ」は、お客さんご自身に、これまでの人生や現在の悩みを書き出してもらったもの。僕はそのカルテを読んで、その人に読んでほしい本を選んでいきます。それこそお医者さんが診断するときに見る、患者さんの過去の病歴や現在の痛みが書き込まれた「カルテ」のような位置付けですね。
僕が最初に高校の先輩に本を選んでおもしろかったと言ってもらえたのは、ある程度先輩の人柄や状況を知っていたからだと思うんです。
顔の見えない不特定多数の「みんな」ではなく、顔が見える「あなた」に向けたものだったから、僕も選びやすかったし、喜んでもらえた。だから、一万円選書を始めるときに、本を選ぶ手がかりとして、相手のことを知りたくて「選書カルテ」をつくったんです。
内容は少しずつ変わっていますが、いまは年齢や家族構成、お仕事、最近気になったニュースや読んでいる雑誌に加えて、いまは記事の冒頭のような内容に落ち着いています。
― これまで読まれた本で印象に残っている20冊を教えてください。 |
― これまでの人生で嬉しかったこと、苦しかったことは? |
― 何歳のときの自分が好きですか? |
― 上手に歳をとることができると思いますか? もしくは、10年後どんな大人になっていると思いますか? |
― これだけはしない、と決めていることはありますか? |
― いちばんしたいことは何ですか? あなたにとって幸福とは何ですか? |
「答え」はその人の中にしかない
この選書カルテの問いに、すっと答えが出てきた人は少ないのではないでしょうか。
考え込んじゃいますよね。
そう。選書カルテを書くのには、時間も覚悟も必要なんです。お客さんの中には、「書き出すのに1ヶ月かかった」「10回以上書き直した」という方も多くいます。
たとえば、これまで読んできた本の中で印象に残っている20冊を書き出すことは、そのまま人生を振り返ることになります。幼い頃の思い出、若い頃に考えていたこと、かつて興味があったこと、自分の価値観をかたちづくったもの、変わったこと変わらないこと。いろんなことが浮かび上がってくるでしょう。
これまでの人生で苦しかったことを書き出すのはつらい作業だと思います。「涙があふれて筆が進まなかった」というお客さんもいます。誰だって苦しかったことやつらかったことには触れたくないですから。でも、蓋をしていたものを開いて一旦外へ出してみると、すっきりする、なんてこともあるんですね。
そうやってみなさん、選書カルテを書く過程で結果的に、思い出したくない過去の傷に触れてしまったり、乗り越えなきゃいけない課題を見つけたりするわけです。それで、ふっと「いま」やるべきこと、やらなくていいことが見えてくる。
たとえば、母親と確執があったとして、その傷に触れないまま親が亡くなってしまったら、その傷はずっと心に残ってしまうでしょう。それを見つめ、本屋のおやじである僕にカルテを通じて「話を聞いてもらう」と、気持ちが少し楽になるんじゃないかと思うんです。
実は、カルテを書いてもらった時点で、選書のための作業はほぼ終わっている、とも言えるのです。
本当に、人生いろいろですから。悩みがない人なんていないんです。傷つけられることも、傷つけてしまうこともあります。もし悩みがない、傷ついたことがない、という人がいたら、忘れているか、蓋をしているか、見栄を張っているか。もし希にそういう人がいたとしても、一万円選書には応募してこないでしょうね。
一万円選書に応募したお客さんは、この選書カルテを書くことで、自分の過去の傷を癒したり、現在地を見つめ直したり、向かいたい未来に進んだりするための、解決策やアイデア、何かしらの「答え」をご自身で導いていかれるんですね。
「本当はこれがしたい」「これがしたくない」「あの人に会いたい」と。職場や学校などの周りの評価とか、SNSの情報に振り回されない、自分の本心に気づいていく。結局、「答え」はその人の中にしかない。自分で見つけるしかないんです。
僕は特別に相談に乗ったりアドバイスをしたりはしません。ただ、選書カルテを読むことで、まだ本人も気づいていないその人なりの「答え」を見出し、それを肯定してくれる本を選ぶんです。その人が望む生き方を肯定し、人生に寄り添ってくれる本を。それが本屋の僕にできる精一杯のこと。
本はいつだって、弱者や少数派の味方ですから。その人の背中を押してくれる言葉や文章が見つかるはずなんです。
岩田 徹(いわた・とおる)
北海道砂川市のいわた書店の2代目社長。その人の詳細なカルテを基に選んだ、一万円分の本を送るサービス「一万円選書」が評判の本の目利き。
北海道砂川市西1条北2丁目1-23
☎0125-52-2221
https://iwatasyoten.webnode.jp/