時間を忘れる、贅沢な和の空間
ふたつの城跡を擁し、いまも古い町並みが残る岡山市北区の庭瀬・撫川エリア。そんな情緒あふれる場所にお店を構えるのが、今回ご紹介する器屋さん「ゆくり」です。築100年を超える古民家は、ほとんど手を入れずに器屋に。ゆったりとした広間は、壁一面がガラス戸で、庭の緑がたっぷりと堪能できます。
器屋を始める前は、家族でお蕎麦屋さんを営んでいたというのは、店主の安田尚美さん。意外にもそれまでは、器にそれほど関心がなかったそうで、「盛った料理によって、さまざまな表情に変化するのが、面白いと感じるようになって。お店で使ううちに、どんどん器に惹かれていきました」と話します。
そうして蕎麦屋を続けながらも、同じく器に興味を持った妹さんと陶芸体験に参加するなど器への興味を深めていった安田さん。姉妹で「一緒に器屋さんをやろう」と話し合うほどになりましたが、妹さんが就職の時期を迎えると、陶芸家を目指したいと突然いい出したのだそう。
「器屋の話をしているうちに、妹はそういった道もあると思い始めたようです。でも実は、そういう私も同じで、作家になりたいという気持が芽生えていて。そこで、ともに作家を志し、自分たちの作品と、好きな作家の作品を並べる店にしようと計画したんです」
そして安田さんは、数年に渡り独学した後、備前焼の窯元の元で1年ほど勉強。その後も、陶芸を続けながら、家族の助けを借りつつ開店準備を進めたのだとか。「でも、店を始めて一年も経たないうちに、作家の道は断念しました。人生を懸けて作陶する作家たちを深く知るにつれ、一緒に自分のものを並べるわけにはいかないと思ったんです。それからはお店に専念しました」と話します。
「ゆくり」の素敵なところは、ラインアップもそうですが、作家の組み合わせの妙にもあります。たとえばある三人展では、アンティーク感のあるガラスをつくる三浦侑子さん、プロダクトに近い作品づくりをする木工の加賀雅之さん、土味を生かしつつも端正な器をつくる角掛政志さんという取り合わせ。印象はそれぞれ違うものの、ともに並ぶと溶け合うように馴染んでいます。展示会での作家の絶妙なマッチングを、ぜひ注目してみてください。
来年からは、展示会以外にも、週3日ほどのペースで常設のみの営業日を設けようと準備中と話す安田さん。ますます楽しみですね。
心動かされる作家の器を
そんな安田さんに、おすすめの作家さんの器をご紹介いただきました。
まずは、長野県伊那市で作陶する、島るり子(しま・るりこ)さんの器です。
「島さんは、女性陶芸家がまだ少なかった時代から長く活躍されている作家さんです。自作の穴窯で焼成されているのですが、焼き締め、粉引き、黒の耐熱皿の三種類を中心につくられています。島さんの器は、何気ない形をしているのに、とても品がよく存在感もあって。不思議と使うほどに品が増していくので、使い込んだときの姿が楽しみになります。
今回ご紹介する『粉引き飯碗』もそうですが、島さんの粉引きは薄手で、白の色味も温か味がありますね。高台のあたりが赤っぽいのは、化粧土を掛け残したもので、素地の赤い土が見えているんです。そんな表情も雰囲気があって素敵です。
島さんはとてもチャーミングで、温かい方。うちでの展示会で料理会を催したときに、台所の手伝いやら、お客さまの対応やら、たくさん助けてくださって。長く陶芸をされてきて、その厳しさも知ってるからこそだと思うのですが、とても人間性豊かな方です」
お次は、岡山県鏡野町で制作する、三浦侑子(みうら・ゆうこ)さんの器です。
「三浦さんは、中世ヨーロッパのガラスがお好きだそうで、アンティーク感のある作品から、その影響を窺い知ることができます。この『モール台付グラス スモーク』は、モールという型を使い、表面になみなみの表情をつけているのですが、とても美しい姿に魅了されます。
スモークとは薄く色付けされたもので、昔のガラスのような雰囲気をまとったもの。三浦さんは、独立して自分の工房を持ったら、スモークに取り組みたいとずっと思っていたほど、スモークがお好きなようで、作品ごとに透明とスモークの両方をつくられていることが多いです。
この作品は、実は思い出深い品で。岡山にコチ(koti)ビールという自然酵母のビールがあるのですが、三浦さんが大のビール好きということで、ビールの会を企画したことがあるんです。そこで、三浦さんがコチビールを飲んで受けた印象をグラスに仕立てたのがこの作品。作品づくりに少しでもお役に立てたことが、店主冥利に尽きるというか、うれしかったですね」
最後は、岡山県美作市で制作する、加賀雅之(かが・まさゆき)さんの器です。
「加賀さんの作品は、この『pan皿』にあるような独自の彫りが特徴。溝の幅も深さも一定で、きっちりとしたお仕事です。工房名が『Semi-Aco(セミアコ)』というのですが、その名が象徴するように、工業製品と工芸作品の間のような作品を目指されていますね。
加賀さんの作品はどれもとてもシンプルですが、独自の魅力にあふれていて。自分を押し出すような感じはほとんどないのですが、むしろ個性を殺していくなかで生まれた個性のように感じます。
加賀さんは以前、木工の会社で営業マンとして働かれていて、家具づくりで出る端材が廃棄されるのを、もったいないとずっと思っていたそうです。なので、木工作家になられてからは、できるだけ端材が出ないよう工夫して、作品づくりをされていらっしゃって。木に感謝し、手を合わせるような思いで制作されている姿に、胸を打たれます」
安田さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「直感的に選んでいることがほとんどですが、普段使いの器にふさわしいかは意識しています。そのうえで、作家さんといろいろお話をして感銘を受けたり、お話が苦手な作家さんでも、制作する様子を拝見してその仕事ぶりに心を揺さぶられると、『この方の作品をぜひお客さんに見てもらいたい』という気持ちになります。
なにしろ直感なので、作家さんに統一感がないように感じ、先輩ギャラリーさんに相談したことがあるんです。そしたらその方が、『岡山ばらずしでいいんじゃない』と仰って。岡山ばらずしは、海の幸や旬野菜が種類豊富に盛り付けられているのですが、タイプがばらばらでも、店主が選んだのなら、その人なりの味付けというか、共通するなにかがあるはずだという意味で。それでモヤモヤがなくなりました」
たしかに、店に並ぶのは、女性らしいフォルムのものから、色鮮やかな釉薬がかかったもの、アンティーク感漂うものなど、さまざまな器が混在しているようにも見えます。でも、それらは心をはっとつかむ魅惑的な表情と、暮らしを支える逞しさを兼ね備える器たち。そこに見え隠れする店主の味付けに、ハマること請け合いのお店なのです。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/安田尚美 取材・文/諸根文奈>
ゆくり
090-2802-9786
展示会期間中のみ営業 ※展示会の情報は、SNSにてお知らせしています
岡山市北区撫川173-1
電車:JR伯備線「庭瀬駅」より徒歩20分ほど
車:旧2号線(県道162号線)を南に一本入った通り沿い
http://www.yukuri-utsuwa.net/
https://www.instagram.com/utsuwaya_yukuri/
◆蝶野秀紀さん(木と漆)の個展を開催予定(12月17日~12月25日、2023年1月7日~1月15日)