母から引き継いだバトンを大切に
神戸・六甲の古い集合住宅の2階の一室。ちょっと不思議で愛らしいオブジェとともに、吟味された器が並ぶ、ここ「MORIS」は、神戸・六甲の地で生まれ育った森脇今日子さんのお店です。お母さまのひろみさんとの素敵な暮らしぶりは、『天然生活』本誌でも紹介させていただきました。
今日子さんの器好きは、祖母と母親譲り。
「祖母の家は旧家で、古伊万里がたくさんあり普段から食卓に並んでいたそうで、母も古伊万里に惹かれて集めるようになりました。さらに祖母に、『作家さんにもいい方がいるよ』と教えられ、窯元を見歩くようになったそうです」。そうして母・ひろみさんは、今日子さんが幼稚園に通う頃、器屋を始めます。
「それで小さい頃から、家族でお出掛けといえば窯元ということが多くて。なので、自分が器屋になり、作家さんに会いに行くようになりましたが、それは慣れ親しんだことというか。もちろん特別なことではあるけれど、リラックスしていろいろ話せるうれしい場です」という今日子さん。
そんな今日子さんですが、意外にも、自分が器屋になるとは思ってもいなかったのだとか。というのも、お菓子づくりが好きで英語にも関心があった今日子さんは、高校を卒業後、イギリスの専門学校で、シュガークラフト、製菓、調理を勉強。帰国後は、アパレル関連の仕事に就くなど、器業とは異なる道を進んでいたから。ただ、両祖父母も母も商いをしていたことから、「いつか自分もなにかお店を持ちたい」という夢は持ち続けていたといいます。
一方で、母・ひろみさんは、今日子さんが20歳のときに器屋を閉じ、渡英。帰国後は、店を持たずにあちこち場所を借りて器の展覧会を企画していたのだそう。そして、母娘はあるとき、素敵な物件と巡り合います。
「六甲駅のそばに、昔から好きな建物があって。古い集合住宅なのですが、あるとき部屋が空いているのに気づいたんです。内見すると、母も私も一目惚れ。『ここならお店をやりたい』とふたりで盛り上がりました。でも母が『私も手伝うから、ここは今日子の店にしなさい』といい、母の企画をそのまま続ける形で、自然と私が器屋をやることになったんです」
そして、今日子さんの夢を応援してくれていた陶芸家の内田鋼一さんが、内装をプロデュース。什器をはじめ、電気のスイッチにいたるまで、すべてを揃え、設えてくれたのだとか。「“無骨で清潔”という私のリクエストどおりの素敵な空間に仕上げてくださいました」
器の提案もできるようにと喫茶を設けていましたが、コロナ禍で喫茶は予約制に。それでも、スコーンなど今日子さんお手製の焼き菓子が店頭に並び、お菓子を目当てにお店にくる方も多いのだとか。ほかにも、展示会にあわせて料理会を催したり、中国茶教室や料理教室を開催するなど、器や食との新たな出合いの場を提供してくれるのも「MORIS」の魅力です。
思わず食べたくなる、そんな器のつくり手を
そんな今日子さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、熊本県熊本市で作陶する、細川護光(ほそかわ・もりみつ)さんの器です。
「護光さんは背筋がぴしっと伸びた方。そんな姿勢のよさが、護光さんの器にはいつも見えるような気がします。見ているこちらも背筋を正さないと、という気持ちにさせてくれますね。でも、それでいてやさしい雰囲気もあり、安心感があります。
楽焼、信楽、粉引などいろいろな手法を手掛けていらっしゃるのですが、こちらは井戸という手法でつくられたもの。自然の釉薬が用いられた、深みのあるベージュ色は、ほかの器ととても合わせやすいですね。私も自宅で使っていますが、つい手が伸びます。
護光さんは、伊賀の陶芸家、福森雅武さんに師事していたのですが、福森さんのことをとても尊敬されていて。『もし福森さんが大工だったら自分も大工になっていた。福森さんが陶芸をされていたから、陶芸の修行に入ったんだ』と以前、仰っていました。それほどまでに尊敬できる方がいらっしゃるというのが驚きで、いまでもよくその話を思い出します」
お次は、福岡県飯塚市で制作する、横山秀樹(よこやま・ひでき)さんの器です。
「吹きガラスを中心に制作をされており、硝子を溶かす窯にとても原始的なものを使っていらっしゃいます。機械で温度調整をするのではなく、ご自身の勘で温度を見極めていて、朝早くに火を入れて温度を上げていっても、吹けるのが夕方頃と話されていました。そういったやり方をされている方はおそらく稀で、だからこそ、横山さんにしかつくれないものが生まれるのだと思います。
横山さんのガラスは、口当たりが本当によくて。厚すぎず、薄すぎもしないちょうどいい厚みで、安心して洗えます。そしてとても丈夫ですね。
赤や黄色の色ガラスは、色を出すのが難しいそうで、赤といっても色のトーンに違いがあります。写真のものは、落ち着いた深い赤ですね。透明の作品もつくられていますが、私は横山さんの赤いガラスに特別なものを感じ、すごく惹かれます」
最後は、岡山県備前市で作陶する、日高伸治(ひだか・しんじ)さんの器です。
「日高さんは白磁や青磁、炭化などいろいろされていますが、今回ご紹介するのは白磁のもの。昨年、工房に伺ったときに、棚の奥の方にこのデミタスカップが見えたんです。随分前につくったものと仰っていたのですが、シンプルながら温か味のある感じがとても魅力的で。私はデミタスカップが大好きなのですが、久々に本当にいいと思えるものでした。
そして、このカップ、とても買いやすいお値段で、それも惹かれた理由です。実際、家族分そろえる方が多く、朝ごはんのスープに、ちょっとした来客用にと、いろんな用途で使っていただいているようです。
日高さんには、要望をお伝えして制作いただくこともあって。たとえば陽刻(浮き彫りの文様を施したもの)の作品で線をわざと薄くつけていただいたり、古いフランスのカフェオレボウルの形を模して、日高さんならではの質感でつくっていただいたことも。そんな私のわがままなお願いをいつも快く聞いてくださり、とても感謝しています」
今日子さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「第一印象でいいなと思うと、その作品がどんどん気になり、こんなものを盛ってみたいなと想像を膨らませたりします。ただ、直感で選んではいるのですが、後から考えると、先ほどいった“食べ物を盛ったところが想像できるもの”のほかに、“清潔感があるもの”“器自体がおいしそうなもの”という基準が自分の中にあるような気がします。“器自体がおいしそうなもの”というのは、もちろん本当に食べたりしませんが(笑)、そういう印象を受けるものですね。
決まると、作家さんに会いにいきます。お会いする前は、その方と相性がいいかいつも不安に思うのですが、実際お会いすると、ありがたいことに共感し合える方ばかりです」
店では、コーヒーカップなどを、意図的に重ねてディスプレイすることも。「収納に悩まれている方が多いので、『こんな風に重ねられますよ』と一目でわかればと思って」と今日子さん。日高さんの陽刻の線を薄く彫ってもらう理由を聞くと、「食べ終わったときに、『なにか模様がある!』って、そんな会話も生まれたらいいなと思って」とも話します。そう、いつもつかい手の目線。人が器と朗らかに暮らせるよう、「MORIS」は、そっとエールを送っています。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/森脇今日子 取材・文/諸根文奈>
MORIS
078-855-4616
11:00~18:00
月・火休 ※臨時休業は公式サイト、SNSにてお知らせしています
兵庫県神戸市灘区八幡町2丁目10-11メゾン六甲 202
最寄り駅:阪急電鉄神戸本線「六甲駅」より徒歩2分、JR東海道本線「六甲道駅」より徒歩10分ほど
https://moris4.com/
https://www.instagram.com/moris_des/
◆河東碧梧桐展を開催予定(1月29日~2月5日)
◆横山秀樹さん(ガラス)の個展を開催予定(2月22日~3月1日)
◆森本 仁さんの個展を開催予定(3月18日~3月26日)
※上記日程は変更される場合もありますので、公式HPにてご確認ください。