気軽に話せる、街の親しみやすい器屋
横浜中華街の外れ、元は絹の貿易会社の倉庫街だったという古い街並みの中にある器屋さん「sumica 栖」。シックな色の古家具に、普段使いからスペシャル感ある器まで、ゆったりと並べられています。店主の栗栖 久さんは、美大を出た後、CMディレクターとして活躍。数々のCMを手掛けたにもかかわらず、あるときCMの世界からは身を引いたそう。
「僕がCM業界に入った頃はアナログの時代で、美術部や照明部、撮影部がいてという職人の集団みたいな感じで、制作をしていました。でも、デジタル化が進み、そういう職人的なにおいがなくなって。仕事のやり方が変わり、気持ちがついていけなくなったんです」
職人の物づくりのように思っていたCMづくりが、コンビニエンスな方に向かったことへの失望感。美大ではグラフィックデザインを専攻しましたが、元は工芸科志望だった栗栖さんは、「その反動で、好きだった手仕事のものを、もう一度見たい衝動に駆られた」と話します。仕事を辞め、器屋や陶器市を巡りつつ、開店準備を始めたのだとか。
「当時は、いまみたいに器が人気の時代ではありませんでしたが、“これからは器屋の時代かな”と勝手に思って(笑)。周囲はあっけにとられたり、『美大卒だから、つくり手になるんじゃないの?』と不思議がったり。でもそれはきっと、広告業界に長くいすぎたので、“人に伝える”ことが、当たり前になっていたからだと思いますね」
そんな栗栖さんですが、器屋店主としてはちょっと異色の存在です。器屋店主というと、積極的にお客さんに話しかけるのではなく、そっと見守るタイプが多いなか、栗栖さんはコミュニケーションタイプ。頃合いを見計らって、お客さんに話しかけます。
「もちろん、『見守ったほうがいいかな』という方にはそうしますが、わりと意識的に話しかけていますね。僕の中の勝手な器屋像というか、なんか街の中に変なおっさんいた方がいいだろうみたいな(笑)。作家の話もしますが、『どんなものよく食べるんですか~?』って聞いたり。というのも、食生活や家族形態がわかると、相談に乗りやすかったりするんです」
自分の感覚だけを頼りに、作家選びを
そんな栗栖さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、佐賀県唐津市で作陶する、浜野まゆみ(はまの・まゆみ)さんの器です。
「知り合いの料理屋さんから浜野さんのことを聞き、当時、渋谷の戸栗美術館でされていた個展に行ってみたんです。江戸中期の製法の『糸切り成形(粘土板を糸で薄く切り、型に当てて成形する技法)』を研究し、それを再現した作品が並んでいたんですが、『古典を掘り下げているのに、こんなにもモダンに見えるんだ』と、すごく感動したのを覚えています。
この白のお皿は、陽刻の糸切り成形でつくられたもの。紋様を彫った型に押し当てることで、紋様を浮かび上がらせています。
浜野さんは大学で日本画を専攻されていて、その技術が染付に生かされています。染付は、ともすると野暮ったい雰囲気になりがちですが、浜野さんが手掛けると、洗練さを纏ったモダンな雰囲気に仕上がりますね。
また、浜野さんは、原料を自ら採取し、薪窯焼成で制作をされています。薪窯で灰をうっすら被りいい具合に焼けると、古色を帯びた感じになるそうで、このふたつの作品も古びた趣があって素敵です」
お次は、佐賀県唐津市で作陶する、田中孝太(たなか・こうた)さんの器です。
「田中さんは、中川自然坊氏の最後のお弟子さんです。作品には、自然坊さんから受け継いだ、どこか破天荒な部分がありますが、基本がしっかりしているので、遊んでもおかしなことにならず、上質に仕上がっています。たとえば、この『みしま焼酎杯』は、クシで模様を入れていますが、大胆ながらもすごく粋な感じがしますね。
焼酎杯という名前ですが、もちろんお茶や料理に使っていただいても。『粉引角皿』はざっくりとした土味がありますが、モダンな印象もあります。これで、おいしそうな和菓子とお茶をお出しすれば、絶好のもてなしになりますよ。
田中さんは、やんちゃで可愛いい方だなと思っていて。たとえば、イノシシを自分で捕まえて、さばいたお肉をお子さんと食べたりとか、普段の生活でされていらっしゃるんです。田中さんのそんな無邪気な気質が作品にも表れているように感じますね」
最後は、栃木県益子町で作陶する、小野澤弘一(おのざわ・こういち)さんの器です。
「小野澤さんは、陶器に漆を施す技法で作品づくりをされています。こちらの『陶漆錫彩(とうしつすずさい)』のシリーズは、ベースの陶器に漆で錫粉を定着させたもの。かなり手間のかかる手法で、陶器をわざと土器のような肌合いにし、上から漆を塗ったり研いだりを繰り返して、テクスチャーが生きるようにしています。
小野澤さんの作品は、日本の伝統を感じさせつつも、造形的には現代美術を思わせる軽やかさがあって新鮮です。『陶漆錫彩皿』は、僕も家で使っていますが、彩りのきれいなものから地味目まで、どんな料理もおいしく見せてくれますよ。
さきほどの作品と同じ名前ですが、こちらの『陶漆錫彩ボウル』は筒っぽい形状。鉢として料理を盛るほか、花器にもいいので、ご自由に使ってみてください」
栗栖さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「冷静な目で作品を見て、自分が作品から“感じるものがあるか”を第一に考えます。いまの時代、インスタのフォロワー数などで作家の人気をはかるような風潮もありますが、そういうものには惑わされないようにしたいと思いますね。実のところ、フォロワー数と実際の人気は、イコールではなくて。
それと、時代感もすごく意識します。たとえば、数年前から唐津で梶原靖元さんが古唐津研究会を始めたり、さまざまな取り組みをされたんですが、それに若い作家が合流し、面白い動きが出てきたんですね。今回ご紹介した田中孝太さんはまさにその流れの方で、そういう陶芸の“いま”を感じるつくり手を選ぶことも心掛けています」
「自分がお客さんだった頃、器屋に行くのがすごく好きだったんですね。ちょっと微妙な緊張感があって新鮮だし、でもドキドキするし。そんな時間を楽しんでいました」と話す栗栖さん。そんな栗栖さんがつくりあげたお店は、誰もが気軽に足を踏み入れられる居心地のいい空間。
「赤ちゃん連れのお客さんが、店の椅子で寝かしつけをするなんてこともあって。あとよくあるのは、お客さんが、介護中の夫や妻、親御さんなんかを元気づけるためにお店に連れてきたり。そんなときは、絶えずお喋りしたりしますね」といいます。そんな社会の窓のような存在の「sumica栖」は、滋味あふれる器と気の置けない店主が、温かく出迎える器屋さんでした。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/山川修一 取材・文/諸根文奈>
sumica栖
045-641-1586
11:00~18:00
不定休 ※営業日はSNSにてお知らせしています
横浜市中区山下町90-1 ラ・コスタ横浜山下公園101号室
最寄り駅:みなとみらい線「日本大通り駅」より徒歩3分、JR京浜東北線「関内駅」より徒歩10分
https://sumica-utsuwa.com/
https://www.instagram.com/utsuwa_sumica/
◆渡邊心平さんと戸川雅尊さんの二人展を開催予定(8月19日~8月27日)
◆掛江祐造さんの個展を開催予定(9月2日~9月11日)
◆山本亮平・平倉ゆき展を開催予定(9月23日~10月2日)