• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。ある日、弱った野良猫が咲さんの前に現れます。保護して生かすのは猫にとって幸せなのか? 咲さんの葛藤の話です。

    家の周りで見かける黒猫

    はじめてその姿を見かけたのは、「その日」から十年も前のことでした。まだ生まれて数か月にもならないだろう黒猫が、我が家の庭をテケテケ歩いていたのです。猫生はまだはじまったばかり。きっと草花は最高のおもちゃで、お日さまは優しく、その子を包み込んでいたでしょう。

    野良猫。首輪をしているわけでもない。けっしてきれいでもない。その子を、私たち夫婦はそう思いました。

    でも手を差し伸べることはしませんでした。我が家の近所は昔ながらの田舎。野良猫は珍しいものではなかったし、その子も、今すぐにでも死にそうなほど切迫しているようには見えなかったのです。

    我が家の庭を横切るたび、私たちは勝手につけた名前を呼びました。

    「あ、もしゃだ」

    毛が少し長めで、もしゃっとした風合いだったからです。

    弱った猫からのSOS

    そんなもしゃが、突然私たちを呼んだのは、最初の出会いから十年が過ぎた春のこと。数日前から、時折見かけるもしゃが弱っていることは分かっていたけれど、これも野良猫の運命なのかもしれないと無理やり保護することはしませんでした。それなのに、もしゃはその夕暮れ、家の玄関先までやってきて、ふらつきながら私たちを見上げたのです。

    今にもこの場に崩れ落ちそうでした。放っておくことはできませんでした。慌てて、猫用のウェットフードを取ってきます。お皿に入れて、もしゃの前に差し出しました。

    これで逃げたら、そこまでだ――。

    祈るような気持ちで見守っていると、もしゃはよたよたとお皿に近づきました。そして、ぺちぺちと舐めはじめたのです。

    「生きる」というエネルギーを感じました。でもそれは、もしゃの最期のともし火だったのかもしれません。

    画像: 弱った猫からのSOS

    野良猫のために飼い猫からの輸血を決断

    翌日、もしゃを保護したケージを覗くと、もしゃはぐったり横たわり、まるで死んだように冷たくなっていました。泣きそうになりながら病院にかけ込みます。先生の表情も固まりました。

    体温を測ると「測定できない」というアラートが出ます。体重も1.6kg。成猫の重さではありません。

    その場にいる誰もが覚悟しました。もうだめなのかもしれない――。

    「生きて……」

    撫でている手に力をこめます。もう一度目を覚まして、元気になって、ごはんを食べてほしい。柔らかなベッドを知ってほしい。

    「このまま輸血をしなければ、おそらく今日中には……」

    曇った表情で先生は言いました。でも病院には輸血する血はありません。私たちは、我が家の猫から血をもらう決断をしなければなりませんでした。

    その猫を膝に乗せて、病院へと車を走らせます。車窓から、あと数日で満開になるだろう桜が揺れているのが見えます。

    自然な春の風景――。

    頭をかすめます。今、私たちは自然に逆らったことをしている、と。

    十歳近い野良猫。放っておけばそのうち旅立つでしょう。これはきっと自然なこと。

    それなのに、別の子に怖い思いまでさせて輸血をして、知らない場所に閉じ込めて、生かす。これは人間のエゴなんじゃないか。

    輸血をしている間に、私のもとに一本の電話が入りました。講演依頼の電話。生きづらさを抱える私が書いた本を読んで、「死にたい」と思っていた人が、「生きていこう」と思えたといいます。

    ひとつ、腑に落ちました。このことだって、自然に逆らっているかもしれない。

    自然に歯向かってでも、手に入れたい生きること

    私もずっと、生きることが苦しくて、何度も死のうとしました。だけど、そのたび、救急救命で命をつないでもらったり、知らない人に助けられたりして、今、生きています。

    その根っこにあったのは、ただひとつ。「本当は、生きたい」ということ。

    だから、逆らっているように見えても、本当はずっと待っていた「生きたい」を手繰り寄せていたのだと思います。

    「自然」に歯向かってでも手に入れたい「生」。もしゃも生きたいのかもしれない。だから、野良という猫生を手放して、私たちのもとに来てくれた。

    翌日、病院に行くと、仁王立ちしたもしゃが迎えてくれました。

    「これから一緒に生きようね」

    「自然」は変えられる。もともと猫は家で暮らすのが自然だと、何かの本で読みました。もしゃの自然は、十年経った、その日からはじまったのです。


    画像: 自然に歯向かってでも、手に入れたい生きること

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

    ブログ「ちいさなチカラ」



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