シンプルで上質、生活を豊かにする器を
下町風情を色濃く残す「谷根千」エリア。その中心にある谷中銀座商店街を抜けた先の路地に、「Galerie箒星+g(ギャルリ ほうきぼし)」はあります。築65年の古民家を改装したお店は、街の風景にしっくり溶け込み、立ち寄る人をやさしく迎えます。
京都の美術大学に通っていた頃に、器好きになったという廣澤さん。卒業後に就いた販売の仕事では、全国各地の百貨店に出向くことが多く、行く先々で、ギャラリーや作家の工房を訪れては、器の収集をしていたそう。でも、それほど器に熱を上げていたにも関わらず、「器屋をやるとは思いもしなかった」と話します。
転職のタイミングで2週間ほど宿をとり、東京のギャラリーや工房をまわる旅を敢行。
「そのとき、ある店主の方が、『そんなに器が好きなら、器屋をやるといいんじゃない?』と仰って。『若く経験が浅いと作家にお世話になる側、年を重ねると作家を引き上げる側になる。作家と一緒に笑って泣いて歩むには、君の年齢は最適だから、始めるならいまがいいよ』ともいわれたんです」
東京随一のギャラリー店主の言葉でしたが、「そのときはピンとこなくて」と笑う廣澤さん。それでも、それから8年が経つ間に、経験や出会いを重ねるとともに、その言葉は自身の内で広がり、実を結ぶことになりました。
「器屋を始めるに至った決め手は、鶴野啓司さんという作家さんの存在です。話は遡りますが、ギャラリー店主さんから言葉をいただくより数年前に、敬愛する作家、青木亮さん(多くの作家に影響を与える陶芸家で、51歳の若さで早世)が亡くなられたんです。新作を買うことも、お話することももうできないんだって切実な気持ちになって」
それからは、青木さんに影響を受けた作家の作品を見てまわるなど、器の世界にさらにのめりこんでいきました。そのなかで魅了されたのが、鶴野啓司さん。鶴野さんは、青木さんとは縁のないつくり手でしたが、「同じ匂いを感じた」のだとか。「青木さんは無理でも、鶴野さんとなら一緒に仕事してともに歩める。だからいま始めないと、そう思い立ちました」
美大出身の廣澤さんですが、アート色の強いものではなく、素朴でシンプルな器に惹かれるそう。
「専攻していたのは、日本画です。日本画は洋画と違って、余分な色だったり形を省くことも。究極は線だけで描いたり。だから器の好みも同じですね」
そして、長年器の世界に触れてきただけに、選びとるのは、素朴なだけでなく上品さも纏う器たち。料理好きがうなる皿や鉢、日本酒好きが喜ぶ酒器、ご飯をおいしくするめし碗など、一生つきあいたい器が見つかります。
ともに歩む道のりを大切に
そんな廣澤さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、佐賀県伊万里市で作陶する、塩鶴るりこ(しおづる・るりこ)さんの器です。
「塩鶴さんはベテランの作家さんで、若い頃に有田で職人として腕を磨かれました。おもに料亭や料理人向けに制作し、展示会も少ないので、一般の方にはあまり知られていません。でも前回の個展では、『先生が使っていて興味を持った』と話す料理教室の生徒さんなど一般の方も多く、確実に人気が広がっています。
陶器のほかに磁器も手掛け、作品の幅もとても広いんです。そしてなにより、使いやすい。個性的というより素朴な器が多いのですが、ほかの器と合わせたときに、互いを引き立てるというか。実際に料理をするのは妻ですが、塩鶴さんの器は、毎日のように食卓に登場します。
いまでこそ土にこだわる作家さんは多くいますが、塩鶴さんは何十年も前から自ら土を掘ったり、掘り師(土の専門家)から土を購入されていて。『原土を使うことで、つくり手としての視界が開けた。土の持つ魅力を上手く引き出すのが、私の生涯かける仕事』と仰っています。普段の塩鶴さんは、とても可愛らしい方ですね」
お次は、富山県富山市で制作する、竹中直哉(たけなか・なおや)さんの作品です。
「竹中さんは、若手の竹工家。すごく手先が器用で、高い技術をお持ちです。竹箸は、竹の性質で物が滑りにくいというのもありますが、竹中さんの竹箸は、手によくなじみ使いやすいですね。使い込むと色が深まり、経年変化も楽しめます。
瓶床とは、急須などの茶器をのせるものですが、こちらは小ぶりで、コースターとして使ってもいいですね。竹箸も瓶床も、うっすら傷やシミがありますが、それは竹の成育上、自然とつくもの。竹中さんは、あえてデザインとして取り入れてらっしゃいます。
こちらは茶合といって、煎茶や中国茶の道具。急須に茶葉を入れるのに使います。竹を編んで、竹の表面に貼り付けたものですが、編み目がとても緻密ですね。端から端まで同じ密度で編むのは、相当難しいそうです。
竹中さんは、誠実でやさしい方。繊細な面もあり、それがそのまま作品に表れているように思います」
最後は、栃木県益子町で作陶する、鶴野啓司(つるの・けいじ)さんの器です。
「先ほどお話しました、器屋を始めるきっかけとなった鶴野啓司さんです。塩鶴さんと同様に、原土にこだわり、ご自身で土を掘っていて。土の精製度合いを高くしないので、鉄粉が現れますが、あえてそうされていますね。この『粉引碗』の大きな黒の斑点がそれです。
薪窯で丹念に焼成しますが、1度で焼き上がるものもあれば、2度、3度、4度と納得いくまで焼かれるなど、焼きにも注力されています。鶴野さんの器は一見すごく豪快ですが、よくよく見ていくと繊細さが混じり込んでいるというか。
以前、専門家の方に、鶴野さんの黒釉の花器に花を生けてもらったことがあるんです。荒々しい佇まいに、『表情がすごいですね』って仰ってたんですが、生け始めると『意外と生けやすいですね』って。それは、見た目に反して、やさしさや繊細さも備えているからだと思うのですが、それが鶴野さんの持ち味かと」
廣澤さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「『一緒に歩んでともに成長できる』という点では同世代が一番なので、同世代の方を中心に選ばせていただいています。ただ、それだけでは面白味に欠けるので、若手作家とベテラン作家を少し加え、“応援する”と“育ててもらう”関係性も持つようにしています。
器自体でいうと、料理を盛りつけたときに完成する器。やはり器は日常で使うものなので、素朴なものがいいですし、そういうものに惹かれます」
廣澤さんの初めて買った作家ものは、村木雄児さんのめし碗。それは、学生時代、京都を散策していたときに、たまたま見つけた小さな器屋さんで購入したもの。その村木さんの器を、いまでは自分の店で扱います。「村木さんが、『いまではこうして一緒に仕事してるね』と仰ってくれて、感慨深かったですね」と廣澤さん。
作家との道程を日々楽しむ店主が選ぶのは、気取りのない、上質な器たち。ぜひ店を訪れて、手にとってみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/星 亘 取材・文/諸根文奈>
Galerie箒星+g
090-7555-1086
12:00〜18:00
水休 ※営業日はSNSにてお知らせしています
東京都文京区千駄木3丁目42-7 1F
最寄り駅:東京メトロ千代田線「千駄木駅」 2番出口より徒歩5分ほど
JR山手線「西日暮里駅」より徒歩10分ほど
JR山手線「日暮里駅」より徒歩10分ほど
https://houkivoshi.storeinfo.jp/
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◆ガラス作家の小寺暁洋さん、塚原 梢さん、廣瀬絵美さんの三人展を開催予定(9月14日~9月22日)
◆谷口 嘉さん(ガラス)の個展を開催予定(9月28日~10月6日)
◆小倉広太郎さん(木工)の個展を開催予定(10月12日~10月20日)