手元用メガネを使っても、見えづらさは変わらない
「お手元用メガネ」といわれる老眼鏡をつくったのは50歳のころでした。本を読んでいるとき、文字が見えづらいことに気づいたのが最初です。それから、少しずつ、様々な場面で目を凝らす場面が増えてきました。そして、いま──。料理の際、包丁を持つ手が止まるようになりました。
そう。野菜などを切るとき、不安を覚えるようになったのです。薄めの小口切り、千切り、みじん切り。メガネをかけたりはずしたり、裸眼で(いつもはコンタクトレンズ装着)近づいたり、遠くから見たり。その都度、できるだけケガをしないよう、気をつけながら包丁を動かします。わたしの場合、60歳を境にそういう場面が多くなりました。
そこで。新たに手にしたものがあります。スライサーです。いままで持っていなかったのです。
あたらしいものを買うとき、ここ数年「本当に必要?」を何度も自分に確認します。そのあとに「買うならどこの何を」を検討します。
今回もその過程をたどりました。何種類ものスライサーが、ネットの買い物かごに2カ月近くはいっていました。そして、最終的に選んだのは、コンパクトサイズの黒いもの(やはり)。スペースのこと、野菜の色移りなどを考慮して、そのスライサーに決めました。

スライサー、千切り器、ピーラーともに「貝印」の関孫六シリーズ。白はにんじんなどの色移りがあるので黒を選択
使ってみると、とてもよく「切れる」。いままで慎重に切っていたきゅうりの薄切りなどあっという間です。いつものことですが、あたらしいものを手にすると、その便利さにおどろきます。
スライサーとともにあたらしくしたもの
今回は、スライサーとともに、千切り器とピーラーも新調しました。そのふたつもほとんど使っていなかったのです。が「これからは、もっと使おう」とあたらしいものに買い換えました。いえ。「もっと使おう」というより「使わざるを得なくなる」ですね。

包丁では切れない薄さのきゅうりのスライスが感動するくらいあっという間
便利グッズを買うときに躊躇してしまうなら
こういった便利グッズを買う・使うことに躊躇する方も多いと思います。包丁を使えばできますし、実際、いままでそうしていたのなら、なおさら。でも、現実的には、不安を抱くようになる。ケガをすることもあるかもしれません。
わたしは、そういった変化を「そういう年齢になった」と受け止めています。助けてくれるものがあること、選択できることに「ありがとう」と思います。見えづらくなったら、あたらしいメガネを使うように、切りづらくなったら、あたらしい調理器具を手にする。
と、同時に。指先を黒くしながらフキの下処理をしたり、煮もののれんこんやにんじんを花のように切っていた母をなつかしく思います。
そんな過程や思いを経て使いはじめたスライサー。最近、野菜のスライスが献立にひんぱんに登場するようになったのは、いうまでもありません。

空腹時によく用意するプレート。スライスしたきゅうりをヨーグルト・塩こしょうであえただけ

広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所共同代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、瀬戸内を経て、2023年から再び東京在住。現在は、執筆のほか、ホテルや店舗、住宅などの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)、『60歳からあたらしい私』(扶桑社)。新刊は『50代からのグレイヘア』(PHP研究所)。
インスタグラム:@yukohirose19
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50歳、55歳と年齢をテーマに執筆してきた著者が、60歳を迎えるまでの日々に考え、選択し、アップロードしている暮らしの知恵を1編ずつ丁寧に書き下ろしました。
「抗うことなく、あきらめることなく、自分に合った選択をしていく。気持ちのこと、身体のこと、家族のこと。いままでのことを振り返りながら、60代のために新しいスタートラインを『引き直したい』と思うようになりました」と広瀬さんは語ります。
60歳はあたらしいスタートラインととらえ、これからの生活小さな暮らし、グレイヘア、家族の看取りなどをていねいに一編一編綴ったエッセイ集です。








