家族のだれかが長期間家を空けるときにやっていたこと
「いつも通り」を、できるだけ残してあげる
ごはんの時間や寝床、トイレの場所など、その子にとっての日常は、私たちが思っている以上に大切なのだと思います。だれかがいなくなるだけでも大きな変化です。だから、それ以外のものはなるべく「いつも通り」にしてあげていました。
その子だけの「当たり前」を、残る人に伝えておく
ごはんはこの器で、水はここから飲む。寝る前にはここに座る。なでられるなら頭が好きで、おなかはちょっと苦手。人間から見ると小さなことでも、動物にとっては大事な習慣があります。お世話をお願いする人には、そんな「その子だけの当たり前」も伝えるようにしています。
帰ってきたあとの変化を、急いで直そうとしない
甘えん坊になったり、鳴くことが増えたり、いままでしなかった粗相をしたり。そんな変化があると、こちらも困ってしまいます。でも、それは「困らせてやろう」ということではなく、「まだ不安です」のサインかもしれません。すぐに元に戻そうとせず、少し長い目で見てあげるようにしています。
「もう大丈夫」になるまで、その子の時間を待つ
人間なら、帰ってきた瞬間に「ただいま」「おかえり」で終わることもあります。でも動物には、安心を取り戻すまで時間が必要なことがあります。一週間かもしれません。ひと月かもしれません。こころのように、一年かかる子もいるのかもしれません。それでも、少しずつ「また一緒に暮らしていける」と覚えてくれたら、それでいいのだと思います。
人間は事情を説明できます。
「ちょっと入院してくるね」「ちゃんと帰ってくるからね」
でも、それが伝わらない家族もいます。
こころはたぶん、ずっと不安だったのです。
そう思うと、一年間の「ニャー!」も、シンクでのあれこれも、少し違って見えます。
ごめんね。さびしかったんやね。そして、ありがとう。
私はもう、できるだけ突然いなくならなくてすむようにしたいと思います。
もちろん、生きていれば、自分ではどうにもならないこともあります。病気になることもあります。
休まなければならないこともあります。だれかに助けてもらわなければならないこともあります。
だからこそ思います。
大切な存在のそばにいたいなら、まず、自分のことも大切にしなくてはいけないのだと。
自分を大切にすることは、ときどき、自分だけのためのように感じます。
けれど、そうではないのかもしれません。
私が元気でいること。ごはんを食べて、眠って、つらいときにはだれかを頼ること。
それはめぐりめぐって、こころの日常を守ることにもなります。
こころのために。
夫のために。
家にいる、たくさんの命のために。
私は私を、大切にします。
それもたぶん、家族を愛することのひとつなのだと感じるのです。
◇ ◇◇ ◇◇

咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ、大阪在住。作家、家族療法カウンセラー。夫と10匹の元保護猫と暮らす。心の病や生きづらさを抱えるなか、不治の病をもつ一匹の猫との出会いをきっかけに、「命は、生きているだけで愛おしい」ということを知る。以来、生きづらさのなかにある小さな希望を、ノンフィクションや小説、エッセイに綴りつつ、NHKの福祉番組への出演、全国での講演などでも活動。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日』(KADOKAWA)など。
◆note:https://note.com/sakiseri
◆ブログ「ちいさなチカラ」
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【心が疲れた夜にそっと開く、初の短編小説集】
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「ひとりきりでも、揚げたてコロッケはおいしいけれど、絶滅の前夜、恐竜たちは、誰かと何かを食べたのだろうか」
大阪の片隅。この世界からこぼれそうな人たちが、ふっと息をつけるうらぶれた居酒屋「飛鳥」。
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