• 『天然生活』にも度々ご登場いただいている布作家、山中とみこさんは、専業主婦、ワンオペ育児、介護などを経て、大人の普段着のレーベルをスタートした方です。発売中の著書『時を重ねて、自由に暮らす』には、65歳になる現在に至るまでの暮らし、仕事、家族のことなどが綴られていて、これからの人生を楽しむためのヒントがいっぱい。今回は、10月に東京・銀座「森岡書店」にて行われた、出版記念トークイベントの内容をレポートします。

    山中とみこさん×横尾光子さんのトークイベントが開かれました

    『時を重ねて、自由に暮らす』の最後のほうに、山中とみこさんが語る以下のようなエピソードが出てきます。

    「つい先日、私より少し年上の元カフェオーナーさんとお茶をしたときのこと。その方が『またいい物件に出合えたら、カフェをやりたいな』と話すのを聞いてハッとしたのです。70歳を過ぎても、やる気ってまだまだ持てるものなんだ……! もしかしたら私も、70代になっても、まだまだやりたいことに夢中になれるかもしれない。かっこいい先輩の好奇心いっぱいな姿に励まされ、希望を感じた瞬間でした」

    この先輩とは、東京・吉祥寺の「お茶とお菓子 横尾」の元オーナーであり、ブランド「クロロ」のデザイナーである、横尾光子さんのこと。

    今回、出版を記念した催しのひとつとして、横尾さんをゲストにしたトークイベントが開催されました。ここからはそのときの内容を、一部、紹介します。

    60代、70代、それぞれの「今」と「心の支え」

    司会: 山中さんは40代のときに未経験から洋服づくりをはじめられて、横尾さんは50代の半ばで、やはり未経験からカフェをオープンしました。タイプは違うおふたりですが、子育てが一段落してから自分の道を踏み出していることや、介護を経験してきたことなど、いくつかの共通点もあります。本日は、これから人生後半戦を生きていくにあたっての、何かヒントがいただければと思い、この会を設けさせていただきました。まずは自己紹介かたがた、近況などをお話しください。

    横尾さん: 11年間、吉祥寺の路地裏でカフェを営んでいました。その店を閉めたあと、もう少し駅から離れた場所で、再びカフェを1年半だけやっていたのですが、ビルの取り壊しで閉店しました。すごく悲しかったです。今は娘が住んでいる松江と東京を行ったり来たりしながら、洋服のブランド「クロロ」の仕事だけを続けています。

    山中さん: 私は去年、埼玉県の所沢に「山中倉庫」というショップ&ギャラリーをつくったんですが、ほかの展示が忙しくて、なかなかオープンできていない状況です。来年はもっと積極的にオープンしたいと思っています。

    司会: 横尾さんはもうすぐ71歳、山中さんは65歳ですが、今、楽しみにしていることや、心の支えにしていることはありますでしょうか。

    山中さん: 今年から、筋トレをはじめたんです。健康診断で「運動してください」と言われて以来、ずっと逃げていたんですけれど、思い切って運動したら、目に見えて効果が出たんです。この歳になっても効果があるんだってことがうれしくて、たぶん、これから先の人生でそのことは、自分の励みになると思います。

    横尾さん: 私はどこかでもう一度カフェをやりたくて、松江か吉祥寺で物件を探しています。見つかるのが早いほうでやろうと思っていて、いつどこで見つかるのかが楽しみです。

    司会: 横尾さんはもともと吉祥寺がフィールドで、これまでのお客様は東京にいらっしゃるわけですが、これから松江でやることに対して不安はないのでしょうか。

    横尾さん: 私は父も主人も転勤族だったので、20回以上、引っ越しをしています。どこでもやっていけるという、ヘンな自信がありまして。たぶん、どこでもできると思います。

    司会: 吉祥寺と松江ではお家賃が違うし、やり方が変わってきますよね。

    横尾さん: そうですね。吉祥寺の家賃はむちゃくちゃ高くて、松江の4倍ぐらいでしょうか。そうなると、毎日オープンしなくてはですが、あと何年働けるかわからない歳になってきたので、体が続くまでがんばろうかと。

    成り行きと直感に身を任せる

    司会: 今、振り返ってみて、40代、50代で「こういうことをしたから、やりたいことができた」と思うことはありますか?

    横尾さん: うーん。でも私、40代、50代がずっと介護だったんですね。その頃から、洋服は作りたかったんです。作りたい、作りたいと思いながら、50代になったとき、吉祥寺の路地裏で物件に出会い、「ここで何かやりたい!」と思って契約しちゃったんです(笑)。私は昔から直感で動くタイプなので、決めてから、何をしようかと考えて……。子どもの頃、コーヒーが大好きだった父が私をよく喫茶店に連れていってくれたんですね。そのせいか、この空間にコーヒーのにおいがする光景がふと浮かんで、カフェをすることにしたんです。

    司会: 直感で、きちゃったんですね(笑)。山中さんは?

    山中さん: 私は今、チクチクの洋服をプロダクト(工場発注)で出せるようになりましたけれど、それまでは長年、ハンドメイドでした。正直、作るのは苦手なんです。本当は最初から自分はデザインだけして、作るのは人に頼みたかったんですが、資金がないから作るしかなかった。作るのは苦手でも、仕事が好きだから続けられました。計画性があったわけでなく、成り行きでここまできたんだなあと思います。

    司会: 横尾さんは、お洋服はいつからどういう風にはじめたのでしょう。

    横尾さん: 57歳でカフェをはじめて、2年ぐらいでスタッフさんにお願いできるようになると、洋服がやりたい気持ちがムラムラっと、出てきたんですね。両方できるかどうかは、まったく何も考えずに、とりあえずはじめてしまいました。

    司会: じゃあ、両立はどうしようとか、もうすぐ60歳だとかは、何も考えずに。

    横尾さん: 考えません。いろいろ考えると、何もできなくなっちゃうんで。年齢のことも、50代、60代になるときは、まったく何も考えませんでした。でも、さすがに70歳になるときは、考えました。やっぱりこう、いくら自分が何かやりたくても、体力的に厳しくなってくるのは70代ですね。60代はぜんぜんいけます。

    山中さん: ありがとうございます、励みになります(笑)。

    司会: 山中さんは、自分ができる範囲のハンドメイドからスタート。横尾さんはいきなりプロダクトだったんですよね。

    横尾さん: そうですね。私もあまり縫えるほうではないので、友だちにパタンナーの方がおりまして、ふたりで「何かつくっちゃおう」という感じで。ただ、今はプロダクトなんですが、毎年、毎年、「春夏」「秋冬」とまわしているのが、きつくなっています。なので、山中さんとは反対に、これからは自分の好きなものだけをひとつずつ、手作りしたいなあっていう気持ちが、強くなっています。

    画像: トークイベントの会場の様子。山中さん、横尾さんの明るい本音が飛び交いました。

    トークイベントの会場の様子。山中さん、横尾さんの明るい本音が飛び交いました。

    先が見えない介護は、休みながら、自分を保ちながら

    司会: 山中さんが本の中で「49歳からはじめても、ぜんぜん遅くなかった」とおっしゃっていました。これから何かはじめたい若い人に、何か話してくださることはありますか?

    山中さん: たまたま今日、子育て中で、やりたいこととの両立に悩んでいる人とお話しをしました。できる範囲で続けて、無理なとき、ダメなときは、休んでもいいのかなと思います。自分に正直に活動していれば、自然と何かにつながるから。私も介護のときには、途中、休みました。不器用なので、仕事と介護っていうのは、私にはできなかったので。

    横尾さん: 私も介護のときは、15年間、休みました。両方はできないです。

    司会: 介護のために、自分のやりたいことを休むって……。どんな風に気持ちを切り替えているんですか。

    横尾さん: 最初は主人の父が倒れて、その後にお母さんが倒れて、間をおかずに私の父が倒れ、主人、母……。なんか、仕方ないって言ったら失礼ですけれど、目の前にそういう方がいたら、申し訳ないけれど、仕方がないと思うしかない。でも、その間も自分を押し殺すわけではなく、「よし、やったるで!」みたいな感じ。ちょっと気合いを入れて病院に行くとか。

    司会: どんな風に気合いを入れるんですか?

    横尾さん: 私の場合は洋服ですね。つねにおしゃれをして。これで病院に行ったら絶対目立つだろうなと思いながらも、自分が好きな黒い服で出かける。そして、病院に入るとき、ちょっと口角を上げて、にこっとしてから入るんです。出てくるときはハーって感じなんですけれど。

    司会: 以前、病院の帰りは、ちょっとお茶して帰ると話していましたよね。

    横尾さん: そうですね。家に引きずって帰るのはいやなので、ちょっとお茶をして、本も何も読まずにボーッとして。じゃあ、帰ろうか、みたいな感じです。

    司会: そういう経験があるから、大人がひとりでくつろげるカフェを作りたかったんですね。たいへんだったときはわからなかったと思うんですが、その後につながっているんですね。

    横尾さん: それはありますね。でも、今になって思えば、つながっているとわかるけれども、そのときはわからなくて、ただ、ただ、介護。淡々とやっていました。うーん。あまり記憶がないから、たいへんだったのか、忘れたいのか、ちょっとわからないですけれども。

    山中さん: 私の場合は父が倒れたときに、間に合わなかったんですね。だから自分の母に対しては、しっかり介護をしたいなあと。主人の父の場合には、病気のせいもあって、毎回、行くと怒られるんです。逃げたいとはまったく考えなかったけれど、その代わり、ちょっと気持ちがおかしくなりました。帰ってくるとグーッと落ち込んで……。主人がそれをわかってくれて、主人から「行って」と言われることはありませんでした。「この日、あいてる?」って、必ず確認してくれました。それで時々、お酒を飲みに連れていってくれたり。私の場合は、お父さんのためというより、もしもお父さんが亡くなったあとに自分が後悔したくない。それだけだったと思います。

    ーさまざまな時期を経てきたからこそ、「今」をたいせつにすごしているおふたり。「自分に対して正直に生きる」ことが、共通点のようでした。


    <写真提供/エクスナレッジ、鈴木商店、横尾光子 写真/安永ケンタウロス(山中とみこさんプロフィールカット) 文/石川理恵>

    画像1: 先が見えない介護は、休みながら、自分を保ちながら

    横尾光子(よこお・みつこ)
    「クロロ」デザイナー/銀行員、子ども服の手づくり販売、ボディケアサロンなどを経て、2005~2016年まで東京・吉祥寺に「お茶とお菓子 横尾」をオープン。現在は、「自分が着たい服」をテーマにしたブランド「クロロ」を展開しながら、つぎなるカフェの準備中。
    http://sidetail.com/chloro/

    画像2: 先が見えない介護は、休みながら、自分を保ちながら

    山中とみこ(やまなか・とみこ)
    布作家/専業主婦、古道具屋店主、小学校の特別支援学級の補助職員などを経て、2003年、49歳のときに大人の普段着のレーベル「CHICU+CHICU 5/31(ちくちくさんじゅういちぶんのご)」をスタート。現在は、埼玉県所沢市にてギャラリー&ショップ「山中倉庫」を不定期オープンしているほか、全国のギャラリーなどで展示会を開いている。
    Instagram:@chicuchicu315


    画像: 著者に会いたい|山中とみこさん「出版記念トークイベント」

    『時を重ねて、自由に暮らす 50代、60代からの衣職住』

    (山中とみこ著/エクスナレッジ発行)


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