ときには誰かとこけ歩き
こけは、ひとりで見るもよし、人と見るもよし。自分だけなら、思う存分マイペースにこけと向き合えます。その一方で、誰かと一緒ならば新しい発見があって、ひとりで見ているときにはない広がりがあります。
その誰かは、自分よりこけに詳しい人でも、同じくらい「こけ目」の人でも、まだこけが見えていない人でも、構いません。自分と異なる視点を持った人と一緒に、というところがミソです。
たまに「こけが見えるようになりたい」という人からご用命いただき、こけ案内をする機会がありますが、案内している側の私も大いに楽しんでしまいます。また、こけ友さんと一緒にこけを見る会では、お互いの持っている知識を交換できるので、とても勉強になります。
いざ、こけ歩きへ
肌寒い早春の日曜日、まだこけ目になっていない友人を誘ってこけ歩きを催行しました。場所は、神奈川県逗子市、三浦半島の付け根にあるハイキングコースです。
スタート地点は京浜急行逗子線の神武寺(じんむじ)駅。少し町中を歩き、シダやこけが生えている渓谷に入り、自然いっぱいの参道を経て神武寺を目指します。お寺の境内からさらに山道を進んで鷹取山(たかとりやま)まで足を伸ばせば、ハイキング気分も味わえるという欲張りプラン。もし、神武寺に着いた時点で体力と時間の余裕がなければ、鷹取山を諦めて駅に引き返すという第二案も考えておきました。
余裕をもったプランニングを
自然の中でのアクティビティ全般にいえることですが、こけ歩きを計画する際は「思い通りにいかない可能性」を考慮に入れます。行ったことがある場所でも、目当てのこけがその日どんな状態かは、行くまで分かりません。そばに生えていた木が台風で倒れたため、日陰が日向に変わり、以前そこで見られた群落がすっかり消えているかもしれません。
道中に、見応えのあるこけと出合い一歩も先へ進めず、予定していた目的地にたどり着けなかった……なんてことも。私自身、あるこけスポットを目指してかれこれ10回近く通い続けている低山があるのですが、何回行ってもいまだにお目当てのこけスポットに到達できていません。毎回その手前の道でこけを見ているうちに時間切れになってしまうからです。
そうそう、こけのような小さなものを見るときに必要なのは「光」です。夕方になって太陽が傾きだす頃には光量が足りなくなって、ルーペでこけを見ることができなくなります。
そんなわけで、途中で目的地やルートが変わっても差し支えない場所を選び、たっぷり余裕をみてタイムスケジュールを組むようにしています。
これであなたもこけ目仲間
この日参加してくれたのは私の山友達であり、散歩が趣味だというご夫婦。キノコを見つけるのが上手なHさんと、草花好きのYさんです。そんなふたりですから、「こけ目」になるのにそう時間はかかりませんでした。
最初にルーペの使い方をレクチャーし、これもこけですよ、こんな場所にもいますよ、と伝えると、あとは自分たちでこけを探し始めました。それこそ最初のうちは「え、どれどれ?」「小さすぎて見えない〜」といっていたものの、ひとつ見えて「あぁこれか!」と分かった途端に、どんどんこけが見え始めた様子。
前日にたくさん雨が降ったことが幸いして、こけたちは水分をたっぷり含んだ状態。葉っぱを広げて存在感を増しており、胞子体もたくさん見られました。
タチヒダゴケ
木の幹で見つけました。おしゃれな帽子をかぶっていますね。
ノミハニワゴケ
灌木やコンクリート塀をびっしりと覆っていることが多いこけです。
ジンガサゴケ
土嚢袋から生えていたので、どんなふうに生えているのか分かりやすく観察できました。ぷっくりした傘がラブリーです。
進行速度は超低速
神武寺からゴツゴツした岩場を通って鷹取山まで行くなら中級レベルのハイキングとなりますが、駅から神武寺までは初級レベルです。駅前の看板によれば、神武寺までのコースタイムは徒歩30分。お散歩の延長のような印象です。
ところが−というより案の定という感もありますが、こけを見ながらなので、私たちの歩みはカメのごとし。いつまでたってもお寺に着きません。
実感としては1時間程度しか経っていませんでしたが、お腹が空いてきたねといって時計を見たら、なんと12時過ぎ。9時集合だったから、知らぬ間に3時間以上が経っていたということ!?おっと……。
果たして鷹取山まで行けるのか、それ以前に神武寺にたどり着けるのかさえ怪しくなってきました。
<文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >
芝生かおり(しぼう・かおり)
東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。
吉田智彦(よしだ・ともひこ)
文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。