日々の暮らしの中にある季節の移ろいを
白井明大さんの詩・文と當麻妙さんの写真で綴ります。
波間の虹
「ねぇ 知ってる?」
「なんのこと」
「いま
海の上に虹がかかってる」
「どうしてわかるの」
「船が波しぶきを立てるとね
日の光に当たって小さな虹になるの
さっき港から船が行ったでしょう
きっといまごろ
虹が出てるな
、て思ったの」
小さな虹
船のかたわらに
うまれてはきえる
それは…
「なんて名前だろう」
「え?」
「その船の波しぶきにできる虹、て
なんていうんだろう」
「聞いたことないなぁ
知らない」
波しぶきの下に現われる虹を
名前で呼びたくなる
海のどこかで
いくつもの船のそばにうまれる
いくつもの虹のことを
こんな遠い陸の上からでも
ちゃんと名前を呼びながら
思い浮かべたい
もしまだなかったら
なにかいい名をつけてあげたい
名前は
この世界に用意された
自分のための席なのだから
誰にも知られずに
放っておかれることが
小さな虹の願いであるなら
いま聞いたこと全部
明日までには忘れておこうと思うけれど
季節の言葉:春濤(しゅんとう)
どことなくのどかな雰囲気を漂わせる春の波を、春濤といいます。ゆらゆらと波間に揺れる光を眺めていると、心の緊張もほどけていくよう。
二十四節気では四月四日から、万物が清らかに明るむ、清明が訪れます。窓から射し込む光はやわらかく、そよぐ風は心地よく、春たけなわの季節です。
四月十四日~十八日は、七十二候*で清明末候「虹始めて見る(にじはじめてあらわる)」の候。空にたなびく雲が虹色に見えることがありますが、そんな雲を彩雲(さいうん)といって、吉兆とされます。
白井明大(しらい・あけひろ)
詩人。沖縄在住。詩集に『生きようと生きるほうへ』(思潮社、丸山豊賞)ほか。近著『歌声は贈りもの こどもと歌う春夏秋冬』(福音館書店)など著書多数。新刊に、静かな旧暦ブームを呼んだ30万部のベストセラー『日本の七十二候を楽しむ ー旧暦のある暮らしー 増補新装版』(KADOKAWA)。
當麻 妙(とうま・たえ)
写真家。写真誌編集プロダクションを経て、2003年よりフリー。雑誌や書籍を中心に活動。現在、沖縄を拠点に風景や芸能などを撮影。共著に『旧暦と暮らす沖縄』(文・白井明大、講談社)。写真集『Tamagawa』。
http://tomatae.com/