『天然生活』2020年4月号の「会うこと、聞くこと」でインタビューした書体設計士の鳥海修さん。本誌では紹介しきれないほどの面白い話をたくさんしてくださいました。
そんなインタビューのこぼれ話の第2回目は、「読みやすい文字とは?」がテーマです。
パソコンが普及したいま、私たちも文書をつくるときは、なにかしらの書体を選んで使っているはずです。相手が読みやすいような書体の選び方は? そんなことを考えるためのヒントも教えていただきました。
ひらがなは「並んだときのふるまい」が読みやすさにつながる
日本語のフォント(ある言語を書き表すために必要な文字のセット)は、漢字、ひらがな、カタカナなどを全部あわせて合計約2万3千字。鳥海さんは主に「仮名」、つまり「ひらがな」をデザインしています。
「本を開いてみるとわかると思うけど、半分以上が仮名とカタカナでしょう。漢字は1万4,500種類ほどあるけれど、一冊の本で使われる漢字は、おそらく1,000種類ほどなんじゃないかな。
仮名は50音といわれるけど、使われる頻度は高い。仮名の出来不出来というのは、書体においてはとても重要なファクターなんです。
それと、仮名っていうのは漢字と違って、一文字では意味を成さないでしょう。並べることで初めて意味を持つ言葉になる。
だから並んだときの“ふるまい”みたいなものが、読みやすさにつながる。文字列を意識しているかどうかが、書体設計士のスキルにかかってくると僕は思っています」
書体を使う側の私たちにも、センスやスキルが必要
仕事柄、街を歩いていると書体の使われた方が気になることがあるという鳥海さん。
「駅名のひらがな表示なんかを見て、ものすごく読みにくいなあと思うこともありますよ。
なぜ、読みにくいのか。それは使われている書体が表示形式に合っていないから。
たとえば、横書きにすると美しく揃って見える書体があるんですよ。それを縦書きに使うと、逆にすごく読みづらくなっちゃう。
縦組み、横組みにそれぞれ向いている書体というのがあるし、同じ書体でもサイズを変えると読みやすさが変わることもある。
これは書体をつくる側だけではなくて、使う側のスキルやセンスが問われるんですよね」
私たちは日頃パソコンで文書をつくる際、たくさんある書体から「なんとなくこれが好き」「これがかっこいい」という感覚で書体を選んで使っていることが多いはず。
「自分がつくったものを相手がスムーズに読めるかどうか。漫然と書体を使うのではなく、そんなことを考えながら選んでみては」と鳥海さんはいいます。
「一度まとまった文章を書き終えたら、2つの異なる書体にして紙に出力してみて、自分の目で確認してみるのも手。ふたつを見比べてみて、読みやすいと思った方を残し、また別の書体で出力したものと比べる。
あまりたくさんやってると、紙がもったいないって怒られちゃうもしれないけどね。最低2種類でもいいから、正直な目で見比べてみることをおすすめします」
世の中にある数々の書体は、鳥海さんのような書体設計士の「誰もが読みやすいように」という思いと試行錯誤によってつくられています。
そうした書体を使う側である私たちの“センス”や“スキル”とは、読む相手や読まれる状況について丁寧に考える、そんな思いやりのことなのかもしれません。
<撮影/山田耕司 取材・文/嶌 陽子>
鳥海 修(とりのうみ・おさむ)
1955年生まれ。ベーシック書体を中心に現在まで100書体以上の開発に携わる。2002年に第1回佐藤敬之輔賞、2005年にグッドデザイン賞、2008東京TDC タイアップデザイン賞を受賞。著書に『文字を作る仕事』(晶文社)、『本をつくる』(共著、河出書房新社)。武蔵野美術大学視覚デザイン学科非常勤講師、東京精華大学客員教授。