よくある質問TOP3とは?
この連載を読んでくださっている皆さんは、そろそろこけ目になってきた頃でしょうか。まだそこまでいかずとも、以前よりこけが身近に思えるようになっていたらうれしいです。
これまでまったくこけに目が向かなかった方も、この世界を垣間見てしまったことで、じわじわと気になってきていることがあるかと思います。そこで、いままでに私が受けた、こけに関するよく聞かれる質問トップ3を公開いたします!
3位:お家の中もこけだらけなんですか?
2位:こけって食べられるんですか?
1位:何種類ぐらいいるんですか?
ほかにもいろんな質問を受けますが、とにかく経験上、ほぼ例外なく聞かれるのがこの3つです。
我が家のこけ事情
こけの話になるとつい熱く語ってしまうので、私が常にこけまみれの生活を送っていて、さぞかし家中こけだらけなのでは、と思われるようです。確かに、こけ見スポットが家の周りにたくさんあるので、こけに囲まれて暮らしているという意味では合っていますが、あくまでも屋外です。期待を裏切るようで申し訳ない気持ちになりますが、家の中には少ししかこけがいません。
こけは環境を選ぶので、自分の家で育てたくても、なかなか思い通りにはいきません。栽培を成功させるためには、その種類のこけが求める条件をよく分かった上で環境を整え、注意深く見守る必要があります。もちろん、屋内でとても上手にこけを育てている人たちもいます。
こけは食べられるのか?
この質問をする人が多い理由を考えた時に思ったのは、これは突き詰めれば「人間にとって有益か否か」という問いなのかな、ということです。有益かどうかを決めるのはあくまでその人の視点、人間側の都合で答えが決まります。脳は、ほかの生物と出合ったときにそれをジャッジするようにできているのかもしれません。
本題に戻って、こけが食べられるかどうかですが、キノコと違って、こけの食中毒で病院送りになったという人の話は読んだことも聞いたこともありません。こけによっては、独特の香りがするものや、口に入れたときにピリッと刺激を感じるものもあり、好き嫌いは人それぞれ。個人的には、ジャゴケ特有の香りは好きですが、口に入れた時の歯触りは好みではありません。
いずれにせよ、こけは概して小さな植物なので、よほど大量に集めてこないと食べ応えがありません。中国にはこけの効用が書かれた書籍があると聞いたことがありますが、それも食材というよりは薬のような位置づけでしょうか。
ちなみに、こけの体内には抗菌作用を持つ物質があるため、腐りにくくてカビも生えにくいという特徴があり、虫にもあまり食べられないことが知られています。
こけの種類
こけ植物は、現時点でわかっているだけで全世界に約2万種、日本には1,800〜2,000種ほどいるといわれています。つまり、日本には、世界の約1割もの品種のこけが生息しているということです。世界地図の中の日本の大きさを思えば、世界の1割とはずいぶん大きな数字ではないでしょうか。日本のこけの豊富さは、縦に長い島国で四季があり、寒冷地もあれば温暖な地域もあり、海もあれば山もある、多様性に富んだ地形や地質、気候と関係がありそうです。
生物学の分野では、こけ植物は蘚苔類(せんたいるい)と呼ばれており、その中で大きく3つのグループに分かれています。研究が進むなかで、系統の見直しや分類の再編成がなされているようですが、ここではオーソドックスな分け方で説明します。
蘚類(せんるい)
世界に約13,000種、日本に約1,100種いるとされており、こけの中で最も種類が多いグループです。茎葉体(けいようたい)といって、茎(くき)と葉から構成されるからだを持ちます。生え方は、木のように立つ直立性と、這うようにして横に広がる匍匐(ほふく)性とに分かれます。
●直立タイプ
●匍匐タイプ
苔類(たいるい)
日本人が「こけ」と聞いたとき頭に思い浮かぶ字は「苔」ではないでしょうか。しかし苔類の数は世界で5,000種、日本では600種ほどとされており、蘚類と比べれば約半分です。からだのつくりは、蘚類のように茎と葉がある茎葉体もあれば、葉状体(ようじょうたい)といって、茎と葉の区別が無いタイプもあります。
●茎葉体
●葉状体
ツノゴケ類
一番数が少ないグループで、蘚苔類全体の中では1%に満たないほど。世界に約150種、日本に17種いるとされています。からだは葉状体タイプのみです。
ここまで読まれて、オヤっと思われたかもしれません。そう、蘚苔類という呼び名は蘚類と苔類が合わさったもので、どこにもツノが入っていません。いくら数が少ないとはいえ、なぜツノだけ仲間外れ?
これには訳がありまして、かつてツノゴケは苔類の一種だと見なされていたのです。確かにツノゴケは、一見すると葉状体タイプの苔類に似ていますが、胞子体(ほうしたい)のつくりがまったく異なり、それ以外にも蘚類や苔類にはない特徴があります。北は北海道から南は琉球諸島まで、人家の庭や畑、水田の脇で普通に生えているらしいのですが、私自身はまだ2個所でしか見たことがありません。
こけ歩きを始めた頃は、木のように生えていれば蘚類、ぺったり張り付くように生えているなら苔類だと思って見ていました。しかし実際はそんなに単純なものではなく、チラッと姿を見ただけではどのグループか判別できないことも。胞子体が重要な手掛かりになるのですが、出合ったこけがそのときに胞子体をつけているとは限りません。
ナンジャモンジャゴケという、最初は苔類に分類されていたのに、途中から蘚類に訂正されたユニークなこけもいます。その名の由来は、発見された際に正体がわからず、胞子体も見つからなかったので、これは一体何だ!?と物議を醸したところにあります。
種類を見極めるのは難しい
私たちはこけの専門家ではありませんし、真剣勝負のこけ判別大会に出場するわけでもありませんので、こけの種類や名前を知らなくても何ら問題ありません。ただ、相手の名前を知ることで頭の中にインプットされ、よりお近づきになれる気がしています。
こけ案内のときにこけの名前を聞かれたら、できるだけお答えします。しかし、蘚類か苔類かツノゴケ類かの区別ができて「○○ゴケの仲間ですよ」ということまでお伝えできても、その場で「これは××ゴケという種です!」と断言することは、なかなかできません。
何かの種名を特定することを同定(どうてい)といいますが、こけを同定するのはとても難しいことなのです。間違えようがないくらい明確な特徴を持っているとか、日本に一種類しかいないと分かっているこけならともかく、小さい上に種類がたくさんあるので、ルーペレベルでは見えない特徴を顕微鏡で調べつつ図鑑と睨めっこしないと、絞り込めません。そこまでやっても分からないときだってあります。
チリチリに乾燥していては形が分からないこけもあれば、逆に、乾燥したときにどう縮むかで見分けがつくこけもあります。同じ種類なのに、雄株と雌株とで形状が違うものがいます。生えている地域や環境で形や大きさが違うために、別の種類に見えるこけも。その一方で、以前までは形が多様でも単一種しかいないと思われていたこけが、遺伝子レベルの研究によって、実は複数の異なる種類だったと判明した事例もあります。
まだまだ奥が深いこけの世界です。
<文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >
芝生かおり(しぼう・かおり)
東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。
吉田智彦(よしだ・ともひこ)
文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。