• 東京郊外に生まれ、南信州に暮らすライター・玉木美企子の日々を綴る連載コラム。村での季節のしごとや、街で出会えたひとやできごと、旅のことなど気ままにお伝えします。今回は、養蜂の大きな喜びの一つといえるニホンミツバチの「分蜂」のお話を。

    若葉の緑がまぶしい季節になりました。華やかな桜や菜の花の色もよいけれど、芽吹きの青は心の中にもさわやかな風を呼び込んでくれるよう。

    晴れの日も、また雨の日も、この季節の伊那谷の美しさは素晴らしく、家から眺めるいつもの景色にさえ心奪われてしまいます。

    近頃、朝早く目が覚めた日には、人の歩かない家の周りを散歩したり、縁側に出て朝日を浴びるようになりました。お恥ずかしながら朝が苦手で、これまで里山の朝の清々しさを享受することは少なかったのですが、今では早起きが楽しみにさえなってきました。

    不安を抱え、たくさんの情報に溺れそうになる日々のなか、山の間から登ってきた朝日のあたたかさや、散歩の道すがらに出逢う野の花々の可憐な姿にふと心を緩ませる、そんな日々です。

    画像: 最近、見つけるとうれしいお気に入りの野の花。エンゴサク、という名前のようです。

    最近、見つけるとうれしいお気に入りの野の花。エンゴサク、という名前のようです。

    さて、前回、私の家の庭でともに暮らしているニホンミツバチのことをご紹介しました。

    じつは今こそ、ニホンミツバチの養蜂が一年でいちばんの盛り上がりをみせるとき。「分蜂(ぶんぽう・分封とも)」と呼ばれる、蜂の“巣分かれ”の季節なのです。

    画像: ある日の分蜂のようす。白い点々が舞っている蜂たち。パイプに吊られた止まり木に蜂が集まっているのが、見えるでしょうか。(撮影:佐々木健太)

    ある日の分蜂のようす。白い点々が舞っている蜂たち。パイプに吊られた止まり木に蜂が集まっているのが、見えるでしょうか。(撮影:佐々木健太)

    分蜂。それはとてもドラマチックな現象です。

    あたたかくなり、草木の花が咲くころになると、巣の中に新しい女王が生まれます。そして、もといた女王は新女王に古巣を残し、仲間を引き連れて新天地へと旅立つのです。

    分蜂がはじまると、それまで規則的に巣穴を出たり入ったりしていた蜂たちが一気に騒ぎ出し、空中に広がってわんわんと羽音をさせて飛び回りはじめます。

    そしてみるみるうちに、木の枝などにとまって、女王を中心にした一つの球状になります。ここで引越しの相談でもしているのでしょうか、しばらくするとまた一斉に飛び立って、目指す巣(になる場所)へと向かいます。

    この、球状のなったときを逃さず、蜂たちが飛び去る前に新たな巣箱へと取り込むのが、この時期の養蜂家の大切な仕事となります。

    うまく女王と仲間たちを箱に迎え入れることができれば、分蜂の回数だけ養蜂する群の数を増やすことができます。逆に、逃げられてしまえばそれでおしまい。

    だから村の先輩である蜂好きおじいさんたちはこの時期、昼前から午後まで巣の前に椅子を出して、彼らの様子を見守っているのです。

    画像: 八重桜の木にとまった分蜂群(写真中央)。霧吹きで水をかけ、舞い上がらないように落ち着かせてから巣に招き入れます。

    八重桜の木にとまった分蜂群(写真中央)。霧吹きで水をかけ、舞い上がらないように落ち着かせてから巣に招き入れます。

    いつはじまるかはわからなくて、でもはじまったらその勢いを誰も止められない。周囲の空気を一気に支配する、ダイナミックで力強い、いのちのうねり。

    はじめて分蜂の光景を目にしたとき、私は驚き立ち尽くしながらも「お産みたいだなあ……」と感じていました。

    今も、何度立ち会っても、その感動は褪せることがありません。

    いつもならそれぞれに仕事もあって、なかなかじっくりと巣箱を見守ることは難しい私たち養蜂女子部ですが、今年はこの状況のなか、各自が分蜂する蜂たちをじっくりと待ち構えることができました。

    冬が暖かかったおかげもあり、元気に冬を越すことができたわが家の巣箱からの分蜂は、今年3回。その後、残念ながら1群逃げられてしまったのですが、どうにか巣箱を増やすことに成功しました。

    さあ、ここから元気な群へと育て上げていくのが、私たちの仕事。とはいえ在来種であるニホンミツバチに対して、私たち人間ができることは少ないのですが……。大切に、見守っていきたいと思います。


    画像: 村暮らし、まちあるき。
第八回 ニホンミツバチと暮らす(2)|玉木美企子

    玉木美企子(たまき・みきこ)
    農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も

    <撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>


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