チラチラとわが家のガレージに内見をしにきていたツバメが、いつのまにやら立派な巣を作って、今年もしばしの滞在をしてくれています。つがいで行動をしている彼ら、ここ数日はずっと一羽が巣の中にいます。どうやら卵が産まれ、あたためているようです。
フンが落ちるので掃除が必要にはなりますが、このあたりの人々は今もツバメを「幸せを運ぶ鳥」と考え、巣作りを大切に見守っている方が多いようです。
昨年、わが村の中心部にあるショッピングセンターでは、なんと店内のトイレに巣を作り、自動ドアのセンサーの前を横切ってドアを開け出入りするツバメが出現。村人たちの大きな話題になりました。そういえば今年、あの技は次の世代?のツバメたちに受け継がれているのでしょうか。
さて、そんなのどかなこの村で暮らすようになり、早いもので5年の歳月が経ちました。
ペーパードライバーだった私が毎日のように車を運転するようになり、冬にはガスではなく薪のストーブに火を入れ、みそやしょうゆを仕込む仲間に入れていただき……と、気づけばすっかり毎日が変わりました。
もともと、この村に特別なご縁があったわけではありません。親戚がいるわけでもないし、両家の故郷でもなし。結婚する前から「いつか東京の外に生活の拠点を移せたら」と、夫とあちこちを旅しながら見て回っていた、そのなかでなぜ、私たちはこの村に暮らしたいと思ったのでしょう。
理由はいくつかありますが、その一つが、小さなコーヒー屋さんの存在でした。
自家焙煎珈琲工房「カフェセラード」。先ほどお話ししたツバメが暮らす、村のショッピングセンターの正面玄関を入るとすぐに、そのお店は現れます。
古い時計や実験用のビーカー、水晶の塊など妖しげなオブジェたちに加え、グリーンもたっぷりと飾られた、カウンターだけのコーヒー店。
たった一人の友人を頼りにはじめてこの村に来た私は、店頭で飲んだドリップコーヒーのおいしさに、「このコーヒーが飲める村なら、楽しく暮らすことができそう」と、予感のようなものを受け取ったのです。
これは後で知ったことなのですが、セラードでは伊那谷にある多くの飲食店に豆を卸しているほか、会社の福利厚生の一環として企業にオフィスで飲む用の豆を届けたり、各店舗のイメージに合わせたオリジナルのブレンドの開発なども多数、引き受けているのだとか。
まさに地域の喫茶文化を支えるコーヒー店の一つだったのです。どおりでおいしいわけです。
とかく情報や選択肢の多い、この世の中。迷い始めればきりがなく、ましてそのなかでなにがベストなのかなどという「答え」のようなものさえ、時とともに移ろうものでもあり、いつまでたってもわかりそうにありません。
たとえそれが大きな選択であっても、最後の決め手となるのはスペックや数値的条件ではなく、こんな風にかたちのない、けれど胸の中で決して揺らぐことのない「希望の予感」なのかも……。
わが家では今、大竹さんが焙煎したコーヒーをいただくことがすっかり習慣となっています。その時間はもはや、意識さえしないほど暮らしのなかに寄り添って、何気ない一日の幸せな句読点となっています。
選ばなければ、始まらなかった暮らし。けれどそれは今となっては、必然であったようにさえ感じるのです。
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自家焙煎珈琲工房「カフェセラード」
住所 長野県上伊那郡中川村片桐4000
営業時間 9:00〜19:00
TEL 0265-88-3312
定休日 第一・第三水曜日(その他休業日は中川ショッピングセンター・チャオに準ずる)
業務用コーヒー豆の販売のほか、家庭用の挽き売り・量り売りの全国発送も実施しています
玉木美企子(たまき・みきこ)
農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も
<撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>