短くも暑かった夏が終わり、空気に秋を感じますね。今回は「小さい秋見つけた」。秋を感じる3冊です。
『もりのてぶくろ』(八百板洋子 ぶん ナターリヤ・チャルーシナ え 福音館書店)
しずかな森に、葉っぱが一枚おちています。
黄色く色づいた葉っぱは、どこも欠けるところがなく、きれい。
なんの葉っぱなのでしょうね。
きのこのそばにある、赤い実、青い実も、いったい何の実なのでしょう。
そこへ、ねずみがやってきて、葉っぱにそっと手を当てました。
「ぼくのてより ずっと おおきいや」
つぎにうさぎがやってきて、葉っぱに手を当てると
「わたしのてより おおきいわ」
こんなふうに次々と動物たちがやってきては、
自分の手より大きいとか、小さいとか言いながら、比べています。
最後にやってきたのは、おかあさんと男の子。
そして男の子が葉っぱに手を当ててみると……。
赤や黄色に色づいた、美しい葉っぱを見つけたら、ついつい拾ってみたくなるもの。
今年は葉っぱのオブジェやブローチを作りたいと思っています。
『きょうはそらにまるいつき』(荒井良二 作 偕成社)
「あかちゃんがそらをみています きょうは そらに まるい つき」
バレエの練習が終わった女の子が見ている空にも、
遠い遠い山で、遊び疲れたクマが見ている空にも、
丸い月が浮かんでいます。
猫たちが集まる野原にも、
クジラが大きく跳ねた海にも、
空の上では、お月さまがぽっかり。
それぞれが、別々の場所で見上げている空の上には、
おんなじ、まん丸のお月さま。
それはまるで……。
顔をあげて月を見る。そのひとときは、わたしたちが今日生きたことへの、祝福に満ちています。
『名前のない人』(C・V・オールズバーグ/絵と文 村上春樹/訳 河出書房新社)
夏から秋へと移り変わっていく頃が、お百姓のベイリーさんがいちばん好きな季節。
口笛を吹きながら、いい気分で車を運転していたら、
「どすん」
こりゃ、大変だ、鹿をはねちまったぞ、と思ったら、なんと倒れていたのは鹿ではなく、人間の男ではありませんか。
ベイリーさんは男の腕をとり、家に連れて帰り、医者に見せました。
男は頭にこぶを作り、記憶を失っています。
言葉も話せず、服の着方もわからず、スープの食べ方もわからない様子。
名前のないその人はなんだか不思議な男でしたが、働き者で、動物たちに好かれ、子どもにも懐かれています。
2週間経っても、名前のない人は、記憶が戻らず。
でもベイリーさん一家は、それでもかまいませんでした。
もう家族の一員のようになっていたからです。
それからまたしばらく経つと、周囲の様子がおかしいことにベイリーさんは気がつきました。
秋がすぐそこまで来ていたはずなのに、ちっとも季節が進まないのです。
夏の陽気が続き、かぼちゃは見たことがないほど、大きく育っています。
あるとき、名前のない人は丘にのぼり、北のほうを見て面食らいました。
遠くのほうは、すっかり秋になっていたからです。
その日の夕食どき、名前のない人は目に涙を浮かべています。
この家を出て行くんだな、と気づくベイリーさん一家。
名前のない人が、ベイリーさんの家を出て行くと……。
この男がいったい何者だったのか、最後まではっきりとは明かされません。
でも季節の移り変わりを担う、秋の使いのようなものなのかなと思いました。
夏が終わり、秋がはじまるときのひゅうっとした寂しさと、豊かな実りへの期待とが入り混じった不思議な感覚に、ぴったりと寄り添ってくれる絵本です。
長谷川未緒(はせがわ・みお)
東京外国語大学卒。出版社で絵本の編集などを経て、フリーランスに。暮らしまわりの雑誌、書籍、児童書の編集・執筆などを手がける。リトルプレス[UCAUCA]の編集も。ともに暮らす2匹の猫のおなかに、もふっと顔をうずめるのが好き。
<撮影/神ノ川智早(プロフィール写真)>