自分の当たり前は、ほかの人の当たり前ではなかった
子供時代の服やバッグは、洋裁学校を卒業したお母さまのお手製だったと話す加藤さん。
身近な存在ゆえに湧いた手づくりへの興味は、背が高いことでますます深まったとか。
「既製服はデザインが気に入っても、着丈や袖丈がもう少し長かったら……と思うときがよくあり、母にリクエストして縫ってもらいました。だから自然と、着たい服はつくればいいんだ!と思うようになったんです」
高校生になると、裏地つきのロングスカートづくりに初挑戦。チェックの柄合わせをして、ウエストにタックを寄せたり脇にファスナーをつけたり。
最初にしてはハードルが高く右往左往したけれど、お母さまに教わりながらなんとか完成しました。
そのときに味わった達成感と自分好みの服をつくって着るワクワク感が忘れられず、洋裁熱に拍車がかかります。ときには既製服をほどいてパターンや細部をチェックし、仕立て直すほど探求心も旺盛に。
やがて大学進学、就職を経て、洋裁学校で本格的に勉強し始めます。
「初心者クラスに通い、製図から縫製、仕上げまで一連の工程を学びました。わからなければその都度先生に聞けたので一見難しそうなデザインにもトライできて、どんどん ”布好き、縫いもの好き“ になりました」
卒業後は洋裁学校の講師として、また雑誌や本に掲載する作品制作などを通じて、手づくりの楽しさを広める道へと進みます。
すると、洋裁に自分がいかに慣れ親しんで育ち、疑問をすぐ解決できる環境に恵まれていたのだと痛感することが。
「当たり前に使っている用語や工程について生徒や編集者、読者から質問されて初めて、説明する必要があったのだと気づかされたんです。そして、何がわからないかもピンとこないから解決の糸口が見つからず、挫折してしまう人が多いことも知りました」
途中で方向に迷ってもゴールにたどり着けることを目指して
そこで “つまずいても一歩踏み出せるようなものを” と、2019年にお裁縫のあれこれを詰め込んだ本『はじめてでもきれいに縫える お裁縫の基礎』をつくるに至ります。
材料の素材や特長、道具の説明、手縫いとミシン縫いに関する工程の用語や手順など、スタンダードを伝えながら選択肢が広がる内容に。
初心者はもちろん、経験者がいまさら誰にも聞けず悩んだときに頼れる一冊を目指したといいます。
「私にとっては料理のレシピで、材料がそろわずつくるのをあきらめたり調味料の “少々” “適量” に一瞬手が止まったりするのと似た感覚。アイテムによって素材や方法の向き不向きはあっても、“絶対” と決めつけたくなくて。いろいろ選べるのに代用するすべを知らない、選択基準がわからないから“さようなら”なんて残念すぎます。だから、少しでも裁縫に興味を持った人が前に進め、縫えた!と同時にまたつくりたい気持ちにつながるように。途中で方向に迷ってもゴールにたどり着けるように、そっと背中を押してあげられたらいいな、と思っています」
そんな本は参考書のように使ってほしくて、作業中の手元に置けるサイズ、即調べられるよう巻末に索引をつけるなど吟味しました。
おうち時間が長くなりつつあった時期に、教室の生徒から「ページを開いたまま縫う手順が追えて、躊躇していたファスナーつけがスムーズにできました」という連絡が。さらに友人からの「布や接着芯をウェブショップで買うときに、選ぶ目安がわかって活躍したよ」という、うれしい便りも、加藤さんのモノづくりの原動力になっているそうです。
〈撮影/加藤容子、天野憲仁(日本文芸社) 取材・文/高井法子〉
加藤容子(かとう ようこ)
東京家政学院大学を卒業。洋裁学校で知識と技術を深めたのち、学生の指導やオーダーによる服づくりに携わる。雑誌や書籍にて作品を発表するほか、洋裁教室の講師、イベントでのワークショップなど多方面で活躍。著書は『はじめてでもきれいに縫える お裁縫の基礎』『パターン補正バイブル』(日本文芸社)、『使い勝手のいい、エプロンと小物』(ブティック社)ほか多数。
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インスタグラム@yokokatope