コンクリートを使わない、「空石積み」の技と知恵を垣間見る
朝のきりりとした空気と、夜の吸い込まれそうな星空が美しいこのごろになりました。
私が暮らす村は、雪は少ないものの寒さで日陰では道路も凍ってしまうため、厳冬期はどうしても家にこもりがちになってしまいます。けれど今は、その少し手前、といったところ。
晴れた日には外にいるほうがあたたかいくらいだから、遠くではなくても出かけたくなるものです。
そんななか、先日は伊那谷のお隣である「木曽」エリアまで足を伸ばしてきました。
目的は、「石積み」を体験すること。
コンクリートなどの接着剤を一切使わない、先人の技である「空石積み(からいしづみ)」を知り、実際に体験できるワークショップが開催されたのです。
全行程は二日間、そのうちのほんの少ししか参加できないけれどそれでも……! かねてから、なぜか石垣・石積みが気になって仕方なかった私は、いそいそと木曽に向かったのでした。
今回、訪れたのは、木曽郡木曽町の「Matari House」。
木曽町で地域おこし協力隊を務める坂下佳奈さんのおじいさま、おばあさまが暮らしていたというこの場所を、坂下さんは現在修繕しながらシェアハウスのような場として利用されています。
この家の周囲と、道路ぎわで崩れかけている石垣を積み直そう、というのが、今回のワークショップ開催のきっかけだそう。
「できればコンクリートに頼らず、今と同じ空石積みで直したい」と考えた坂下さんが講師として依頼したのが、一級石材施工石積み技能士の今井了恵さんでした。
今井さんは、地元岐阜県を中心に全国各地で石垣の施工や修繕を行うほか、空石積みの技術を伝えるべく、各地でワークショップを行なっている、石積みのスペシャリスト。
まずは座学にて、その歴史や技についてお話いただきました。
自然の石を利用して、組み合わせながら山間地の住居や田畑の土を支えたり、城の礎となってきた石積み。
かつては暮らしの技の一つとして、身の回りの素材を活用し誰しもが取り組んできたものだったと今井さんは話します。
それがここ数十年、経済成長とともにコンクリートを使った土木工事のなかでの石積みが一般的になるように。
しかしそれは、空気が通う隙間なく土を塞いでしまうことで土中バランスの悪化を招くことがあるといいます。
「きちんと積み、メンテナンスを続けた空石積みの石垣は1000年の時の流れにも耐えると言われています。たとえ専門家でなくても、多くの人が今、この技を取り戻すことには大きな意味があると思います」(今井さん)
そして石積み、とひとくちに言っても、積み方にはいくつもの技法があるのだと今井さん。
「かたちの揃った丸い石を積み重ねるのは『布積み(整層積み)』、ブロックのような四角い石を交互に重ねるのは、朝鮮半島から伝わったとされる『矢羽積み(矢の端積み)』と言います」(呼称は地域差あり)
そうお話を聞くと、たしかに同じ石積みでも、積み方は場所によってさまざまなことに気づかされます。
じつは、石を積む斜度も、棚田や段々畑は二分勾配(1メートルにつき20cm)、大きな岩を用いる城などの石垣は三分・五分勾配と、違いがあるのだそう。
うちの近所のあの石垣は何積みだろう、何分の勾配なのだろう?と、改めて周囲を見直したくなります。
その後、私が実際に体験できたのは、時間の都合上、石垣を崩すところまででした。
それでも、今井さんのお話を伺ったあとに見る石垣は、「隙間が空いてしまっているなあ」「たしかに、一つの石を6つの石で取り囲むように積まれている!(六つ巻き、という理想の石組みの配置なのだとか)」など、これまでとはまったく違う見え方へと変わりました。
そして、石垣を崩してみると、お聞きしていたとおり石垣を影で支える「ぐり石」と呼ばれる小石が出てきたり、おじいさんが投げ込んだのか、真っ白いお猪口が壊れずに出てきたり。ひとときでしたが一つの歴史を紐解くような、とても感慨深い時間でした。
後日、その後のお写真を主催の坂下さんに送っていただいたところ、すごいすごい! 石垣が皆さんの手でよみがえっていました。
一つひとつの石の重さを体感しただけに、感動はひとしおです。
一つのものごとについて知ることで、世界の輪郭がより鮮明になる。奥深く、色鮮やかになる。
それは、私が生きているなかでいちばん好きな瞬間です。
今回、石を積む技を知るだけでなく、それを行う人の労苦も垣間見て、私の石垣を見る目、いや世界を見る目はまた一つ更新されてしまいました。
もちろんまだまだ、私が気づかずに見過ごしながら、恩恵を受けている先人たちの技や知恵はたくさんあるはずです。少しずつでも知ってゆきたい、まだまだ学ばねばと、心から思えた今回の体験でした。
今井先生のその他の石積み講座については、ぜひ 先生のブログをご覧になってみてくださいね。
[写真提供:坂下佳奈さん(木曽町地域おこし協力隊/ふらっと木曽)]
玉木美企子(たまき・みきこ)
農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も
<撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>