• 絵本作家・松本春野さんが、震災後に福島を訪れて、取材をしながらつくった、2冊の絵本。それは、悩みながらも、子どもたちの幸せを真摯に考えた、作者の心の軌跡でもあります。
    (『天然生活』2018年4月号掲載)

    目に見えない、子どもの心を描きたい

    木の下で悲しそうにうつむく子ども。顔を上げて、元気に自転車をこぐ子ども。対照的な表紙の絵本の題名は、それぞれ『ふくしまからきた子』と『ふくしまからきた子 そつぎょう』。絵本作家の松本春野さんが、父親の松本猛さんとつくったものです。

    画像: 2012年に発表した絵本『ふくしまからきた子』と、2015年発表の『ふくしまからきた子 そつぎょう』(ともに岩崎書店)。上に置かれたのは、取材時に描いてくれたスケッチ。モデルは愛娘・野乃ちゃん

    2012年に発表した絵本『ふくしまからきた子』と、2015年発表の『ふくしまからきた子 そつぎょう』(ともに岩崎書店)。上に置かれたのは、取材時に描いてくれたスケッチ。モデルは愛娘・野乃ちゃん

    東京で暮らす松本さんが1作目の『ふくしまからきた子』を出版したのは、2012年の春のこと。2011年の原発事故後、母親と一緒に広島へ避難した少女“まや”と、彼女を受け入れる友人の少年を描いた作品でした。

    「震災後、絵本作家として、被害に遭った子どもたちに寄り添う作品をつくらなければ、と思いました。私にとって絵本とは、心という目に見えないものを描ける媒体。絵本を通じて、子どもたちが感じている不安や悲しみを描けたらと思ったんです」

    画像: 目に見えない、子どもの心を描きたい
    画像: 福島・猪苗代町にあるアトリエにて。絵は水彩絵の具を使って描くことが多い。「一度、イメージを固めてしまえば、描きはじめてから完成させるまでは早いですよ」

    福島・猪苗代町にあるアトリエにて。絵は水彩絵の具を使って描くことが多い。「一度、イメージを固めてしまえば、描きはじめてから完成させるまでは早いですよ」

    2011年の夏から福島を訪れ、取材をしながらつくりました。

    「出版後、県外へ避難をした方々からは好意的な反応をいただきました。一方で、県内に残る選択をした方々から、『福島にいることを否定されているようでつらい』という声も聞いたんです。

    私自身、この作品を描いたときは、とても混乱していました。原発や放射能についてさまざまな情報が飛び交っていて、何が事実なのか判断ができない。また、東京での勉強会で得る情報と、福島での取材で聞く話との間にギャップがあることにも戸惑っていました」

    これで終わりにしてはいけないと感じた松本さんは、その後も福島へ通い、取材を続けました。そのうちに、自身の意識が少しずつ変わっていったといいます。

    「なかでも印象的だったのが、ある図書館の司書さんの話です。その方は、自分にも小さなお子さんがいて、一時は避難を検討していた。でも、自分は毎日、図書館の鍵を最後に閉めるのが仕事。子どもたちが通ってくるなか、自分だけが避難するわけにはいかない。放射能のことを必死で勉強し、考え抜いた末に、“この線量なら残っても大丈夫” と、とどまることを選択したというのです。この話を聞いたとき、頭を、がつんと殴られたような気がしました」

    それまでは、“福島に残っていて大丈夫なのか” “県内にとどまっている人たちは、避難したくてもできないのだろう” と思っていたという松本さん。

    「でも、残ることを選択した人たちは、当然ながら、たくさんのことを勉強して、考え、悩んだうえで結論を出していたんです。自分は、なんて想像力がなかったんだろう、と思いました。

    振り返ってみると、1作目をつくっているときは、取材する際も、相手が “こんなことがよくなった” と話した内容はメモを取らず、大変だったことばかりを聞いていた気がします。

    無意識のうちに、福島の人に対して “かわいそう” という、ある種の偏見があった。それが、『ふくしまからきた子』にも表れています。この作品の話は事実ではありますが、あくまでも、ひとつの側面でしかないんですよね」

    元気いっぱいに外へ飛び出す子どもたち

    画像: 『ふくしまからきた子 そつぎょう』より。校庭が除染され、使えるようになり、飛び出していく子どもたち。「2作目は、笑顔をなるべく多く描こうと思いました」

    『ふくしまからきた子 そつぎょう』より。校庭が除染され、使えるようになり、飛び出していく子どもたち。「2作目は、笑顔をなるべく多く描こうと思いました」

    ものごとを単純化すると本質がみえにくくなると感じた松本さん。小学校や保育園などをまわって取材を続けるなか、放射能について深く学び、慎重な対策を講じながら、子どもたちの暮らしを守ろうと奮闘している人々に出会いました。

    そうして、2015年に出版したのが、2作目の『ふくしまからきた子 そつぎょう』。前作で広島へ避難したまやが、3年ぶりに福島に戻り、かつての同級生たちと再会する話です。

    「1作目のときは、取材したのは主に学校の先生。でも、2作目は、実際に福島にある小学校をたびたび訪れて、生徒たちと一緒に給食を食べたり遊んだりしながら、いろいろな話を聞きました。だからこれは、子どもたちと一緒につくったという感覚ですね」

    画像: 福島市渡利地区のさくら保育園では、毎日、給食の食材の線量を計測(松本さん撮影)

    福島市渡利地区のさくら保育園では、毎日、給食の食材の線量を計測(松本さん撮影)

    松本さんが訪れ、2作目のモデルのひとつとなっているのが、伊達市の富成小学校。原発事故直後は比較的、放射線量が高かったものの、先生や保護者たちが団結して除染に取り組み、やがて子どもたちが校庭で遊べるようになった学校です。作品にも子どもたちの声が反映されています。

    「暖かくなると、みんな、本当にいい顔をして、元気いっぱいに外へ飛び出していくんです。彼らを見ていると、“かわいそう” ではなく、“本当によかったね” といいたくなります。そして、子どもたちの笑顔の向こうに、彼らが安心して暮らせるようにと、必死で努力を重ねてきた大人たちの存在を感じました」

    2作目では、久しぶりに故郷に戻った主人公のまやが、そのまま福島で暮らすのか、再び広島に戻るのかには、触れていません。

    「避難という選択も、福島に残るという選択も、否定したくなかった。どちらにせよ、苦渋の決断だったはず。両方とも尊重されるような描き方をしたかったんです」

    画像: 2作目のモデル、伊達市立富成小学校。校庭を除染し、使用可能に(松本さん撮影)

    2作目のモデル、伊達市立富成小学校。校庭を除染し、使用可能に(松本さん撮影)

    『ふくしまからきた子 そつぎょう』の最後のページは、まやが以前の同級生たちに囲まれて「おかえり」といわれるシーンです。

    「このシーンは、実際に春の福島でよく見られる風景なのだと、あとから聞きました。県外で暮らしていた子どもたちが、この時期に帰ってくるのだそうです。描いてよかったな、と思いましたね」

    安心して絵本を読める、平和な社会を

    祖母・いわさきちひろの生き方にも励まされて

    画像: 筆を動かす松本春野さんのかたわらには、2歳の娘・野乃ちゃんが。「この子が生まれてから、家族を失うつらさを、より強く想像できるようになりました」

    筆を動かす松本春野さんのかたわらには、2歳の娘・野乃ちゃんが。「この子が生まれてから、家族を失うつらさを、より強く想像できるようになりました」

    松本さんの祖母は、絵本作家のいわさきちひろ。温かなまなざしで子どもの世界を描いたちひろもまた、晩年に、ベトナム戦争で傷ついた子どもたちをテーマにした『戦火のなかの子どもたち』を発表しています。

    「ちひろは、私が生まれる前に亡くなっているので会ったことはありません。ただ、その姿勢には共鳴しています。私にとって、絵本を描くことは、子どもを幸せにすること。それは、安心して絵本を読める平和な社会をつくること。そのために、ときには世の中に問題提起をすることも含まれています。ちひろも、そういう作家だったと思います」

    震災以降、傷つきながらも確実に前進してきた子どもたち。その姿を伝えようと、試行錯誤しながら2冊の絵本をつくった4年間は、松本さん自身が大きく成長した時間でもありました。

    画像: 子どものスケッチ。「昔から、子どもを描いていると幸せな気持ちになります」

    子どものスケッチ。「昔から、子どもを描いていると幸せな気持ちになります」

    「取材先の方々に、たくさん育ててもらったなと思います。これからも大切にしていきたいのは、世の中に飛び交っている情報にふりまわされず、自分の頭で考えること。そして、それを常にアップデートしていくこと。2作目のタイトルにある “そつぎょう” は、私自身の偏見からの卒業という意味でもあるんです」


    〈撮影/有賀 傑 取材・文/嶌 陽子〉

    松本春野(まつもと・はるの)
    1984年、東京都出身。多摩美術大学卒業。『おばあさんのしんぶん』(講談社)など、絵本の著書多数。教科書の表紙絵や山田洋次監督映画『おとうと』の題字やポスターなど、イラストレーターとしても、さまざまな媒体で活躍中。

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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