(『天然生活』2018年4月号掲載)
外からのイメージと、福島の現状のずれ
松本 開沼さんの著書『はじめての福島学』では、震災後の福島県をめぐるデータがたくさん紹介されていますよね。初めて読んだとき、その数字の多くが予想と全然違っていて、びっくりしたんです。外部の人は自分の勝手なイメージを押しつけて、福島の人たちの声に耳を傾けていないという事実を、あらためて突きつけられた気がしました。
開沼 “福島の子ども”という言葉自体も、実はそんなに単純ではないんですよね。震災から7年たとうとしていて、当時、中学生や高校生だった子は、もう社会人になっている。一方で、6歳くらいの子どもは、震災のときは生まれてすらいない。現在の“福島の子ども”にとって、原発事故は、もはや歴史になっているんです。
松本 原発事故の時期になると、マスコミが福島に取材に来て、「福島の子どもとして、コメントを」とマイクを向けられる。でも、自分たちはまったく普通の生活をしているので戸惑うという話を、郡山市の高校生から聞いたことがあります。
開沼 「福島の子どもは、いまも苦しんでいる」みたいな語り方をすると、現状とずれてしまうおそれがありますね。
松本 数年前に聞いた話ですが、ある学校では、“放射線教育” という授業があるそうです。子どもたち自身が、差別されないよう、放射線の知識を身につけているのだとか。子どもたちにわざわざそんなことをさせる世の中って何なんだろうと考えてしまって。震災から7年たとうとするいまでも、福島の人々をいまだに“被災者”にしようとする雰囲気が世間にある。それが、いまの大きな問題だと思います。もういいかげん、子どもたちを普通の子どもに戻してあげたいですね。
あの原発事故から、未来に何を残せるのか
松本 開沼さんは、福島の高校生をベラルーシへ視察につれていったり、スタデイツアーで福島に来る海外の学生を案内したりしていますよね。県内外の子どもたちが福島の現状を勉強する「子ども福島学」も始動させています。
開沼 原発事故を風化させず、未来に何を残せるかもひとつの大きなテーマ。そのひとつとして、県内外の子どもや大人が、原発事故や福島の現状、廃炉の問題を学ぶことは、大切だと思っています。
松本 知識をまったくもたずに、原発をただ “手に負えない、怖いもの” とふたをしてしまっては、今後、私たちがどうしていけばいいのか、議論が成熟していかないですよね。
開沼 情報って、パズルにたとえるなら、ばらばらのピースの状態。そのままだと、だれもがあやふやなイメージをもったままになってしまうし、いずれ忘れ去られてしまいます。ピースをきちんと組み立てて一枚の絵にすれば、それは情報ではなく知識となり、みんなの記憶に残るはず。文芸作品や評論、絵本には、そういう役割があると思うんです。
松本 さらに、時間を重ねるうちに、新しい情報が出てきて、時代に合わないパズルも出てくるかもしれない。そのとき面倒くさがらずに、きちんと自分の頭で考えながら、新しいパズルをつくり直すことも大事なんでしょうね。
〈撮影/有賀 傑 取材・文/嶌 陽子〉
松本春野(まつもと・はるの)
1984年、東京都出身。多摩美術大学卒業。『おばあさんのしんぶん』(講談社)など、絵本の著書多数。教科書の表紙絵や山田洋次監督映画『おとうと』の題字やポスターなど、イラストレーターとしても、さまざまな媒体で活躍中。
開沼博(かいぬま・ひろし)
福島・いわき市出身。評論や講演などを通じ、福島の多様な問題について発信している。著書に『はじめての福島学』(イーストプレス)など。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです