「時の記念日」をご存知でしょうか。日本で初めての時計が鐘を打った日が6月10日だそうで、時間の大切さを広めるためにできた記念日です。
1日24時間、誰もが平等に与えられたこの時間をどう使っていくかで、人生って決まるのよね〜なんて思う今日このごろ。この「時間」をテーマに3冊選びました。
『おばあちゃんの時計』
(ジェラルディン・マッコーリーン文 スティーブン・ランバート絵 まつかわまゆみ訳 評論社)
おばあちゃんちの振り子時計は、壊れて動きません。
直したほうがいいんじゃない? と言うと、
ほかにたくさん時計はある、とおばあちゃん。
でも家の中には、ほかの時計なんてないんです。
どこにあるの? って聞くと……。
「しんぞうがトックントックンいうと、秒がわかるし、
すてきなことがあると、秒が、ドキドキはやくなるの、おもしろいねって。」
あっという間は瞬きする間、
2分は本のページを読む間、
朝が過ぎるのは、木の陰が短くなればわかるし、
影がまた長くなれば、昼間が終わる。
曜日だって、おばあちゃんにはわかります。
パンの焼ける匂いがしたら月曜日、
トロール船が帰ってきたら火曜日、
通勤電車の人たちの顔が疲れてきたら金曜日。
ちょっと周りを見渡せば、
時計なんてなくなって、時間も曜日も、日にちも移ろう季節も、よくわかる。
白髪や顔のしわが増えたら、何年も経った証拠だし、
自分が変わって、いろんな友だちができて、
たくさんの思い出が作れたら、人生ひとまわり。
祖父は、太陽の位置でだいたいの時間がわかる人でした。腕時計をしているわけでもないのに、そろそろ3時になるから帰ろうとか言われると、なんだか不思議に思ったものでした。
わたしにはそういう野生の力がないので、とても残念です。
時計なんて放っておいて、自然の中に身を置いて、十分に味わって、時間に縛られずに過ごす。
昔の人が当たり前にしていたことが、とても贅沢なことに思えます。
『アインシュタイン 時をかけるネズミの大冒険』
(トーベン・クールマン作 金原瑞人訳 ブロンズ新社)
舞台は1984年、スイスの首都ベルン。
待ちに待った世界最大のチーズフェアを訪れたネズミでしたが、
会場はもぬけの殻。
なんと、あんなに楽しみにしていたチーズフェアは、前日だったのです。
毎日、1枚ずつ日めくりカレンダーをめくったのに、なぜ間違えてしまったんだろう。
どうしても諦めきれないネズミは、時計の針を巻き戻して見ましたが、
時間は巻き戻りません。
いったい時間って何だろう? 時計とどう関係するんだろう?
それからネズミは、時計職人の元を訪れ、80年くらい前、ベルンの町の特許局に、有名な科学者が住んでいたと教えてもらいます。
そうです、アインシュタインです。
空間と時間をテーマに研究したこの科学者の『相対性理論』と書かれた本を読み込んだネズミ。
なんと、時間旅行のできる機械の作り方を閃きました。
はい、タイムマシンです。
タイムマシンで時間旅行に成功したネズミでしたが、チーズフェアどころか、過去に戻りすぎちゃいまして、相対性理論を発表する前のアインシュタインに遭遇。
そして彼の力を借りて、レッツ・リターン・現代。
「想像力は知識より大切だ」
というアインシュタインの言葉を地で行くネズミの機知に富んだ大冒険にワクワク。
伏線を回収しながら、きれいにまとめあげる作者の手腕には舌を巻きます。
相対性理論なんて全くわからなくても、(わたしは全くわかりません)、映画を1本見終わったような、充足感が得られること間違いなしです。
『まばたき』
(穂村弘作 酒井駒子絵 岩崎書店)
現代短歌を代表する歌人のひとり、穂村弘さんと、国内外にファンの多い画家、酒井駒子さんの共作であるこの絵本。
しーん
という文に添えられている絵は、チョウが一心不乱に花の蜜を吸っているようすです。
次のページには文はなく、心なしか満足そうなチョウの姿が。
そして次のページでは、チョウがぱっと飛び立ちます。
カチッ
鳩時計がぴったり12時を指す、瞬間。
はっ
猫がネズミのおもちゃで遊び出す、瞬間。
ちゃぽん
紅茶に砂糖を入れた、瞬間。
短い文に3枚の絵の連なりで、まばたきするくらいの一瞬が表現されています。
そして最後、
みつあみちゃん
みつあみをした少女は……
最初にみつあみちゃんの3枚目を見た瞬間、ぞっとしました。
一瞬のようで永遠のようで、やはり一瞬にして過ぎ去る時の残酷さを感じたからかもしれません。
いつかおばあちゃんになったときに、何もしない間に人生が終わってしまった、と後悔するのではなく、あっという間だったけれどほんとに楽しかった、そんなふうに満足して人生を終えたいものだなあ、と思うのです。そのことを思い出すために、これから先、何度も何度も、一瞬で読み終わるこの絵本を開くことでしょう。
長谷川未緒(はせがわ・みお)
東京外国語大学卒。出版社で絵本の編集などを経て、フリーランスに。暮らしまわりの雑誌、書籍、児童書の編集・執筆などを手がける。リトルプレス[UCAUCA]の編集も。ともに暮らす2匹の猫のおなかに、もふっと顔をうずめるのが好き。
<撮影/神ノ川智早(プロフィール写真)>