(『天然生活』2013年8月号掲載)
質問:猫の幸せって何だと思いますか?
心配よりも信頼。猫のことは猫に任せる、くらいがちょうどいい
「私たちが飛行機事故で死んだら、うちの猫を引き取ってもらえませんか?」
いまから22年前にキャットシッターサービスを立ち上げた南里秀子さんは、ある日、海外へ旅立つご夫婦から、こんな依頼を受けました。
これをきっかけに、約10年を経た2002年、飼い主亡きあとの猫を引き受ける「猫の森システム」をスタート。現在、東京・千駄ケ谷のオフィス「桜舎」 と和歌山・熊野の古民家「猫楠舎」(2020年に桜舎を閉じ、猫楠舎に統合)で、委譲契約(有料)の猫たちを引き受け、一緒に暮らしています。
「私自身、子どものころからずっと猫がそばにいる生活でした。昔は出入り自由が普通だったけれど、東京に来て初めて完全室内飼いのライフスタイルになって。猫と家族の関係がすごく近く、濃くなっていることを感じますね。私たちは愛猫の最期に立ち会わざるをえず、さらに喪失感を味わうことになります。そして、もし自分が先に死んだら、残された猫たちはどうなるのか、という課題も出てきます」
以前、「愛猫のために遺言をつくろう」というシンポジウムを開催したとき、「老人ホームに猫を連れていけず、かといって野良猫にするのは気の毒で、泣く泣く安楽死させた」という参加者がいたといいます。その言葉に胸を突かれた南里さん。
「猫の生涯保障」は、人と猫をとり巻く社会事情から、必然的に生まれたシステムといってもいいかもしれません。
人も猫も、ご機嫌元気。 一瞬一瞬を一緒に生きる
この日、訪れた「桜舎」では、 福助(♂推定15歳)、玖磨(♂推定12歳)、夏子(♀推定10歳)、ちぃちぃ(♂推定5歳)の4匹の猫が出迎えてくれました。ここでは、それぞれの事情で飼い主さんから委譲された5匹の猫が暮らしています。
窓からポカポカの日が差し込むなか、ベッドで寝つづける子、物おじせず人の膝を次々とはしごする子など、みんな、穏やかでくつろいだ表情をしています。
「ちぃちぃは、いまでこそお客さまの膝に乗り、腰パン(腰をパンパン叩くこと)を要求する名ホストですけど、最初の半年間は、押し入れに入ったままシャーシャーいって出てこなかったんですよ。でも、心配はしませんでした。夜の間にごはんを食べ、トイレもしていたから、そのうち出てくるだろうな〜、ずっとこのままってわけじゃないだろうな〜って。まさか、ここまで変わるとは(笑)」
猫たちのために南里さんが心がけているのは、心配しすぎないこと。いつもどおり、前のお家にいたとおり。そして人間のペースではなく、猫のペースを大切にすること。そんなゆったりした接し方と桜舎の心地よい環境が、かたくなだったちぃちぃを、ここまで変えたのかもしれません。
旅立つタイミングは猫自身が決める
「よく、ワンルームで狭いから猫が飼えない、という方もいますが、猫にとって広さはあまり関係ないんです。単独生活で縄張りをもつ動物だから、段ボール箱や猫ベッドなど、自分だけの落ち着く場所があり、上下運動ができれば大丈夫。あとは日当たりと湿度。そして爪研ぎと清潔なトイレがあれば、十分、快適に過ごせるんです」
2013年6月現在、「猫の森」にやってきた猫は46匹。ワークショップに訪れたお客さまに気に入られ、18歳の高齢でお嫁入りした子もいれば、ここで南里さんとスタッフに看取られた子もいます。
「いっぱいいっぱい見送って、そのたびに、猫たちからたくさんのメッセージをもらっている気がします。看取り方は、どんどん引き算になっていますね。最初のころは、死期の近い猫に少しでも楽になってほしくて、一日でも長く生きてほしくて、嫌がるのに強制給餌をしたり、毎日、病院へ点滴に通ったり。自分を納得させるためでもありました。でも、早く楽になりたい猫に嫌がることを無理やりしても、生きる力にはつながりにくい。自分から食べたいって思えるかどうかこそが重要なんです。旅立つタイミングは猫自身が決めることなんですよね」
飼い主の「手当て」は猫に伝わる
人も猫も、生まれた瞬間から死に向かって歩みはじめます。それなら、「心配よりも信頼」。そして病院へ行く前に、飼い主の「手当て」こそ、何よりの治療とも。
「この春、22歳で旅立ったズズという猫は3年前、毎日、点滴に通わないとダメ、といわれたのですが、手当てだけで、ずっと生き延びてくれました。20歳を過ぎた子には、食べたいものも食べてもらいます。プリンをひと口食べたときの衝撃の顔といったら……。世の中に、こんなにおいしいものがあったのか! みたいな(笑)。そのときどきで、よく猫を観察し、一瞬一瞬を一緒に生き、旅立ちを静かに見送れれば。人にも猫にも、これ以上いいことはないような気がするんです」
これまでに5万匹以上の猫と接し、本能に素直に生きる彼らを見つめてきた南里さん。どの瞬間も「ご機嫌元気」に生きること。それが猫たちからの教訓です。
〈撮影/安彦幸枝 取材・文/前中葉子(BEAM)〉
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
南里秀子(なんり・ひでこ)
33歳で日本初のキャットシッティングサービスを開業。2014年猫たちといっしょに和歌山・熊野の古民家に移住。2020年からオンラインによる「猫の學校」「老猫専科」などの猫セミナーを開催。地元の「熊野新聞」に毎週田舎暮らしエッセーを連載。
猫の森公式サイト
http://www.catsitter.jp/