一年かけて育んだ手づくり醤油を、みんなで絞っていただく日
すっかりご無沙汰しておりました、みなさま、お元気にお過ごしでしょうか。
うだるような暑さだった夏が急に駆け足で過ぎ去り、気づけば秋の気配さえする伊那谷。
数日前から雨が続き、私の家のまわりでも出穂したばかりの田んぼの土手が一部崩れるなど、とても不安な時間をすごしています。
子どもたちはというと、長野の短い夏休みがもうすぐ終わろうとしていて、宿題の仕上げに追われています。
東京の郊外ですごした私が「自由研究」と呼んでいた自由課題はこのあたりでは「一研究(いちけんきゅう)」という名で呼ばれており、この「自由さ」がいちばん、頭を悩ませるところのようです。
「なんでも、自分が好きなこと、夢中になれることを調べて発表すればいいんだよ、それがいちばん一生懸命できるし、楽しいでしょう?」
小学校六年生の長男にそう話したら、意外な答えがかえってきました。
「自分が好きなことを発表するなんて、恥ずかしい」
と……。
なるほど、年ごろの子にとっては、自身の胸の内を改めて表明することそのものに、照れくささを感じてしまうのですね。
正直、私自身の子ども時代にはない感覚だったので(私、図々しかったのですね笑)、ふいをつかれ、考えさせられました。
できれば自信を持って、好きなことを突き詰めて表現してほしい。けれど、その柔らかくて繊細な心も含めて、尊重すべき今の彼の個性であり、ともすると優しさ、美しさの一つかもしれない。そんなふうにも思います。
みなさんの子ども時代は、いかがでしたか?
さて、今回は手づくりの醤油絞りのことをお伝えしたいと思います。
以前ご紹介した、手づくり醤油のこと、覚えている方はいらっしゃるでしょうか。
天地返しをしながら育んできた醤油もろみが、一年の年月を経て過日、ついに絞りのときを迎えたのです。
醤油絞りには特別な絞り機が必要なうえ、濃度の調節や力の掛け方の頃合いなど技術が必要なので、この地域ではほとんどのチームが毎年「ときさん」こと、井上時満さんにお願いしています。
ときさんは、ここ南信州で自給的生活を送る、暮らしの達人。
田畑はもちろん大工仕事も、えごま油絞りも、お子さんは竹細工(!)も、身の回りのあらゆるしごとを実践していらっしゃいます。本当にすごい方です……!
そんなときさんを囲んで、この日は2つの醤油チームが集いました。
薪を持ち寄り、火を焚いて、それぞれの醤油をときさんに絞っていただきます。
「槽(ふね)」と呼ばれる木箱から、したたり落ちるしょうゆを舐めて、みんなで「おいしいね!」と言い合って。何度立ち会っても心動かされる時間です。
醤油は「むらさき」とも言われますが、絞りたてを光に透かすとまさに、美しい紫色。長年熟成させたワインのような、深い紫なのです。
しかも……手づくり醤油って、本当においしいんです。
手づくり醤油に参加する前は、「クセの強いものになるのかな?」というイメージでしたが、とんでもない。
飽きのこない、うまみたっぷりのおいしい醤油ができあがります。
発酵の進み具合は、天候や樽を置く環境によっても左右されるので、毎年仕上がりの味は異なります。けれど、いつも違っていつもそれぞれにおいしい。
少し塩角が立っているかな? と思っても、しばらく置いておけばまあるくおいしく熟成するのです。
今年は一升瓶で約5本分の醤油を、3家族で分け合うことができました。
そして正真正銘・絞りたての「生醤油」をいただけるのも、手づくりならではの楽しみ。
火入れ前のものを一部とっておいて、最初のときだけこのフレッシュな味を楽しみ尽くします。
卵かけごはんかな? お餅かな? いろいろ迷いましたが、今年の一食目は、ときさんが自作の小麦で作ったという乾麺「さわんどうどん」の釜揚げをいただくことにしました!
このときは幸運にも、子どもが小学校で藁つと納豆をつくって来てくれていたので、これもいっしょに。友達にもらった平飼いの卵と、かつおの削り節も乗せて、あー最高の贅沢!
思い出しただけでもヨダレが出そうな、絶品のごはんでした。
手づくり醤油の魅力とはなんだろう、と考えてみました。
糀と塩と地域の湧き水だけで育んだ、中身のわかる安心の調味料が得られる。もちろんそうなのだけれど、それだけではないような……。
樽の仲間と一年かけて、もろみに向き合うこと。塩がとけて、糀と合わさって、トロリとして、茶色くなって……という、熟成を見守り続けること。そして最後の仕上げはみんなで集まって、醤油が生まれるその瞬間にまで、ちゃんと立ち会える。
この一連のなかで、たんに「調味料を得る」ということ以上の、いろいろなものを受け取っているのだと思います。
絞りが終わったあとすぐに、来年に向けた醤油の仕込みをしました。
糀と塩を合わせて、伊那谷の湧水を入れて。結果は違うかもしれないけれど、また、同じことの繰り返しです。また来週、樽を置いてくれている友人の家に、いつもの道を通って天地返しに行く予定です。
時間をかけて手づくりをするということは、未来の自分や家族へのギフトを育んでいるようなもの。これを毎年、みんなと一緒に繰り返すことができるという平穏。
とびきり地味なことこそ、じつはとびきりの希望に満ちていることなのかもしれません。
最後に、「さわんど」ときさんのうどんや農産品・加工品にご興味を持たれた方、ウェブサイトがありますのでぜひ、ご覧くださいね。
http://sawando.blogspot.com/p/blog-page.html
玉木美企子(たまき・みきこ)
農、食、暮らし、子どもを主なテーマに活動するフリーライター。現在の暮らしの拠点である南信州で、日本ミツバチの養蜂を行う「養蜂女子部」の一面も
<撮影/佐々木健太(プロフィール写真)>