アスリートのようにストイックに走るエミューちゃん
生後二週間にさしかかろうというある日。
突然、エミューちゃんが走り始めた。
しかも、その走り方は、アスリートのようにストイックだった。
力尽きて倒れるまで、決して走るのを止めない。呼吸困難になり動けなくなるまで走り続け、ぐったりと倒れ込んでしばらくすると、また全力疾走を続ける。まるで、部活強豪校のシャトルランのような走り方だ。
少し前まで、ピィピィ鳴くしかできない雛だったはずのエミューちゃんが、突然意識高い系の鳥類に変貌したことに、私はおののいた。
エミューちゃんは、毎回テーマを決め、克服すべき課題を設定して走っているようだった。
ある時は、全力ダッシュのトップスピード。ある時は、正確なコーナーリング。ある時は長距離ランニングでの持久力。何度転んでも、呼吸困難になっても、エミューちゃんは立ち上がり、同じ動きの反復練習を続けていた。
「エミューちゃん、今どきスポ根は流行らないんじゃ……」
「エミューちゃんはウチの一人娘なんだから、よその子みたいに走りまわらなくても生きていけるのよ?」
過保護な私が苦言を呈しても、エミューちゃんはひたすら自分の限界に挑み続けていた。もう、走りたくてしかたがない、という感じだ。
「ズダダダダダ!!!!」
「ズダダダダダ!!!!」
「……ステン!」「……ピィ……ピピィィイィ~!!!!」
エミューちゃんは転ぶたびに情けない声をあげていた。でも、また走り始める。
ひたむきで、一生懸命で、決して諦めないエミューちゃんを見ているうちに、なんだか、私も、エンドレスで「24時間テレビ」のマラソンを見続けているかのような異様なテンションになってきた。家の中に常に松岡修造がいるような気持ち、といってもいいかもしれない。一生懸命って素晴らしい、頑張るって素晴らしい……。
「エミューちゃんは走るために生まれてきたんだ……!!!」
ストイックに走りを追求するエミューちゃんの姿に感動した私は、恐るべき事実を見逃していた。
エミューちゃんは、走ること以外がヘタクソすぎるのだ。
まず、水飲み場の場所を覚えない。
「喉がかわいたとき、たまたま水を発見した」といういきあたりばったりすぎるスタイルで生きているため、何度も、水飲み場を発見できず倒れ込むエミューちゃんに水をあげなければいけなかった。
人の顔も覚えない。
エミューちゃんは「24時間一緒にいたい!」という感じで常に私につきまとっているのに、私のことをちっとも覚えてくれなかった。郵便屋さんが家にくると、トコトコとその人の方についていってしまう。一瞬目を離した隙にどこかに行ってしまい、あわてて走り回って探すと、知らないおじさんの後ろをついていっていたこともある。
さらに、走るとき足元を見ない。
なので、障害物があると必ず転ぶ。絶対に転ぶ。
ここまでくると、「本当に走ることは得意といえるのか……?」
という疑問さえ湧いてくる。エミューの出身地であるオーストラリアには障害物がないのだろうか。
エミューちゃんには生活能力がまるでない。
他の動物のように危険から身を守ったり、水や食料を効率的に確保したりといった、生き延びるのに役立つ行動をまるで取ろうとしないのだ。それよりも、早く走ることがエミューちゃんには大切なのだろう。飼い主としてはどうにも不安だけれど、それがエミューちゃんなのだから受け入れるしかない。
「ズダダダダダ!!!!」
「ズダダダダダ!!!!」
走るために羽根さえ捨てたエミューちゃんは、体を支えるにはあまりにも細く長い足で、今日も全力疾走を続けている。
〈撮影/仁科勝介(かつお)〉
砂漠(さばく)
東京生まれ東京育ちの山奥に住むOL。現代社会に疲れた人々が、野生の生活や異文化に触れることで現実逃避をする会を不定期で開催。ユーラシア大陸文化が好き。現在はエミュー育てに奮闘中。Twitter:@eli_elilema note:https://note.com/elielilema