• 東京の合羽橋に店を構える「釜浅商店」を、「hal」後藤由紀子さんが訪ねました。創業百年にして行った「釜浅商店」のリブランディング。みえてきたのは、理由あるよい道具こそが生活を豊かにしてくれるということでした。
    (『天然生活』2018年5月号掲載)

    創業明治41年、かっぱ橋道具街の百年名店

    画像: 創業当時から受け継がれているレリーフ。店名の由来は「浅草の釜屋」という意味。2018年5月には初となる海外店舗・パリ店がオープン

    創業当時から受け継がれているレリーフ。店名の由来は「浅草の釜屋」という意味。2018年5月には初となる海外店舗・パリ店がオープン

    「料理屋を始めるならば、東京の合羽橋へ行ってごらん」

    そんなふうに、プロの料理人からがっちり信頼を得てきた専門店街があります。

    「いまから百年ほど前、数軒の道具商、古物商が、この地に店を構えました。『あそこに行けば何でもそろう』と道具を求めるお客さんが増え、関連したお店がどんどん軒を連ね、いつしか道具の街となっていったようです」

    そう話すのは、「かっぱ橋道具街」の真ん中に店を構える釜浅商店の広報・百合岡実希さん。

    創業・明治41年、釜を売る店として「道具街」の始まりのころに誕生した「百年名店」です。「料理人の街」の評判は、いつしか料理好きの一般客にも知られることとなります。

    画像: 包丁売り場と道具売り場、店舗は通りを挟んで2棟にまたがる。「両方に、のれんを付けることで統一感をもたせ、ひと目で、うちだとわかるようにしました」

    包丁売り場と道具売り場、店舗は通りを挟んで2棟にまたがる。「両方に、のれんを付けることで統一感をもたせ、ひと目で、うちだとわかるようにしました」

    「普通の店にはない道具が手に入る」「プロお墨付きの良品を買える」場所として認知され、料理を愛する多くの人(いまでは世界中から、お客さんがやってきます)が真剣勝負で道具を選ぶ街となりました。けれど、そもそもはプロ相手。街の一般店のように見やすく美しい陳列などは二の次。

    「よい道具をできるだけたくさん」見せるのが商売の要です。手取り足取りの接客も、プロの料理人相手ではかえって足手まといにもなりかねず......。

    「棚に商品をどっと積んで、わかる人が自分の経験値やものさしで物のよしあしを見極めながら、じっくり探せればいい。そんなふうに考えていたかもしれません。それで、一般客には見づらかったり、入りづらかったりという雰囲気はあったかと思います」

    画像: ひとつひとつの道具のよさを後藤さんに力説する熊澤社長。「お店の方、皆さんから道具愛が伝わってきて気持ちがいいですね」と後藤さんも耳を傾ける

    ひとつひとつの道具のよさを後藤さんに力説する熊澤社長。「お店の方、皆さんから道具愛が伝わってきて気持ちがいいですね」と後藤さんも耳を傾ける

    そう話すのは四代目店主・熊澤大介さん。

    「せっかく一般の方も足を運んでくださるのだから、彼らも道具選びを楽しめる店に」と、2011年にリブランディングを実行。

    「ここに来てくれさえすれば、商品を気に入ってもらえるという自負がある。だから、多くの人が足を止める店にしたかったんです」

    プロも素人も、だれもが買いやすい店を目指して

    画像: 陳列棚は釜をイメージしたデザイン。「この棚にしたことで、ひと目で、どこに何があるかがわかるように。以前より省スペースで通路も広く確保できるように」

    陳列棚は釜をイメージしたデザイン。「この棚にしたことで、ひと目で、どこに何があるかがわかるように。以前より省スペースで通路も広く確保できるように」

    道具街の中央ではためく、間口いっぱいに掲げられた墨ののれん。ショーウインドウの向こうには背筋を伸ばして包丁を研ぐスタッフが見えます。

    画像: 釜浅商店で購入した包丁には研ぎのサービスも。「プロが研いだ包丁は切れ味も抜群。切れ味は、料理の味や見た目をも左右する大事な要素です」と熊澤社長

    釜浅商店で購入した包丁には研ぎのサービスも。「プロが研いだ包丁は切れ味も抜群。切れ味は、料理の味や見た目をも左右する大事な要素です」と熊澤社長

    いい道具に出合えそう

    道具好きの後藤由紀子さんも、吸い込まれるように店へと歩を進めます。

    画像: 軽く扱いやすい行平鍋は台所の万能選手的存在。「姫野作本手打行平鍋」は日本で数人しかいない手打ち職人の作。プレス式にはない頑丈さと美しさがある

    軽く扱いやすい行平鍋は台所の万能選手的存在。「姫野作本手打行平鍋」は日本で数人しかいない手打ち職人の作。プレス式にはない頑丈さと美しさがある

    「専門店というだけで、信頼度は増しますね。料理道具だけを追求し、プロを相手にご商売をしているので、私たちの世界を広げてくれそう、という期待感はあります。百年という歴史をもつ老舗なら、なおさら頼もしいです」(後藤さん)

    「料理道具ばかりが売られるこの街で、どう個性を発揮するのか?」「通いつづけてもらえる店であるためにはどうするのか?」。四代目がそう考えはじめたのは、ちょうど創業百年を迎えたころでした。 「生まれも育ちも道具街。子どものころは、本当に、にぎわいのある場所だったんです。でも、大人になるにつれて徐々にその勢いは減っているような気がして」

    区切りはバブル崩壊のころ。飲食店向けの商売ゆえ、世の景気と街の繁盛は一心同体。インターネ ットも普及し、郊外のホームセンターに行けば、業務用の調理器具もそろうようになりました。

    「ここでなくても料理道具は手に入るように。ただ、一方で、かっぱ橋道具街が広く知られるように なってきて、一般のお客さまも少しずつ増えてきました。百貨店のような陳列に慣れているお客さま には、問屋街の商品レイアウトは見づらい。これはなんとかしないと、と思いました」

    コンセプトを定めたことで、社員全員の意識も統一され

    縁あって出会ったブランディングのプロと、釜浅商店の魅力や伝えたいことについて考え直す作業
    に入りました。そこで生まれたのが、「良理道具」というスローガン

    「店の説明をするときに、料理道具という言葉をよく使っていたんです。キッチンツールでもキッチンウエアでもなく料理道具。使っていくうちに手になじみ、育っていって、自分の体や動作にしっくりしていく感じが、料理道具という言葉には合っている気がしていたんですね。それがデザイナーさんの耳にも響いたようです」

    よい道具には理(ことわり)がある。形、材質、色など、その道具を形づくるいろいろなものには、 しっかりとした理由があり、使いやすさにつながっている。長年、料理道具のことだけを考え、この 結論にいき着いたのです。

    「百円ショップで何でもそろう時代に、その何十倍もの値段がする商品を買っていただくためには、 しっかりとした理由を提示できないといけないですからね」と熊澤社長。

    画像: ずらりと並んだ包丁は圧巻。「試せるようにと、包丁コーナーのテーブルは、まな板として使える材質になっているんですって」と後藤さんもあれこれ手に取る

    ずらりと並んだ包丁は圧巻。「試せるようにと、包丁コーナーのテーブルは、まな板として使える材質になっているんですって」と後藤さんもあれこれ手に取る

    たとえば包丁。釜浅商店の 包丁は1万円前後します。百円ショップの100倍。でも、切れ味は長く持続し、手入れをしながら長く使えるタフさがあります。

    自分の名を入れて、定期的に、お店で研いでもらって......。愛情をもって長くつきあっていくにふさわしい道具なのです。

    画像: 包丁には名入れのサービスが。漢字は手彫りで、カタカナやローマ字は機械で彫る。「自分の名前が彫られていると、いとおしさも増しますね」と後藤さん

    包丁には名入れのサービスが。漢字は手彫りで、カタカナやローマ字は機械で彫る。「自分の名前が彫られていると、いとおしさも増しますね」と後藤さん

    生活によい効果を生み出す理由のある良品たち

    「社長がおっしゃる、よい道具が生み出す暮らしの豊かさということはよくわかります。私も道具に 何度助けられたことか。子育て真っ盛りで、どこにも出かけられず、くる日もくる日も子どもの世話だけをしていたころ、気に入った湯飲み茶碗を手に入れたんです。たかが茶碗と思うかもしれませんが、 それだけで、生活にひとつ楽しみが見つかって気持ちが沸き立ちました。どうせ三食、料理をしなければならないのだったら、納得のいった道具でつくったほうがいいし、よく切れる包丁のほうがストレスがありません」

    画像: 釜形の棚にずらりと並ぶ商品は見やすく手に取りやすい。サイズが細かくそろっているのは専門店ならでは。個人の用途にぴたりと合う道具を見つけられる

    釜形の棚にずらりと並ぶ商品は見やすく手に取りやすい。サイズが細かくそろっているのは専門店ならでは。個人の用途にぴたりと合う道具を見つけられる

    「そうですね。家事が楽しくなるきっかけに道具がなってくれたらうれしいです。この道具を使って、 次はこんな料理に挑戦してみよう、 と思いをめぐらせるようになるか もしれないし、同じように続く日常に少しでも弾みをつけられたらいいな、と考えます」

    「そんな思いを込めての『良理道具』というキャッチフレーズなんですね」と、後藤さんは店内に並ぶ精鋭道具を見まわします。

    画像: 頑丈で蒸気の水分を調節してくれる竹の蒸篭、打ち出すことで頑丈になった行平鍋など、どれも人気の商品。 南部鉄の浅鍋(写真中央)は、すき焼きから、お好み焼き、グラタンまでと、料理のレパートリーが広がる逸品。レシピブックを付けて販売

    頑丈で蒸気の水分を調節してくれる竹の蒸篭、打ち出すことで頑丈になった行平鍋など、どれも人気の商品。
    南部鉄の浅鍋(写真中央)は、すき焼きから、お好み焼き、グラタンまでと、料理のレパートリーが広がる逸品。レシピブックを付けて販売

    たとえば、鉄の羽釜ごはん鍋。釜浅商店のロゴマークにも通じるフォルムで、看板商品です。

    「鉄なので熱の伝わりがやさしく、 鋳物の表面が水の不純物を取り除いてくれます。木のふたは不要な水分を逃がしてくれるので、しっかり歯ごたえがありながらも、軟らかくふっくらとしたごはんを炊けます」

    社長の尽きることのない説明から、ひしひしと道具愛が伝わってきて、後藤さんもうれしそうにうなずきます。

    「いろいろなことをどんどん知れるのが専門店のよさですね。専門家だから、一を聞くと十になって返ってくる。 選択肢がひとつ欲しかったところ、3個、4個になって戻ってくるのは専門店ならではだと思います」

    「はい、われわれは長年、プロの方と接し、いろいろな知識や情報が蓄積されています。これは、いわば財産。その財産をどんどん引き出していってください」

    釜浅商店年表

    1908年(明治41年)
    明治維新後、第一次世界大戦より少し前、釜を販売する店熊澤鋳物店が東京・合羽橋に誕生

    1953年(昭和28年)
    NHKが日本で初めてテレビ放送を開始。屋号を浅草の釜屋という意味の釜浅商店に変更

    1963年(昭和38年)
    ガスレンジ、ステンレスシンクなどを時代の需要に合わせて扱いはじめる

    1980年(昭和55年)
    東京でいち早く南部鉄器を扱いはじめる。浅鍋、寄せ鍋などの商品を次々と考案

    2011年(平成23年)
    店のリブランディングを行う

    2018年(平成30年)
    フランス・パリのサンジェルマン・デ・プレに初の海外店舗オープン

    2020年(令和2年)
    店舗リニューアル

    釜浅商店
    東京都台東区松が谷2-24-1
    ☎03-3841-9355



    〈撮影/石黒美穂子 取材・文/鈴木麻子〉

    後藤由紀子(ごとう・ゆきこ) 
    静岡・沼津で器と生活雑貨の店「hal(ハル)」を営む。著書に『私の愛するお店』『おとな時間を重ねる』(ともに扶桑社)などがある。YouTubeチャンネル『後藤由紀子と申します。』公開中。
    インスタグラム:@halnumazu @gotoyukikodesu
    http://hal2003.net/

    ※ ※ ※

    『私の愛するお店』(後藤由紀子・著/扶桑社・刊)

    『私の愛するお店』(後藤由紀子・著/扶桑社・刊)

    『私の愛するお店』(後藤由紀子・著/扶桑社・刊)|amazon.co.jp

    amazon.co.jp

    石黒美穂子(いしぐろ・みほこ)/撮影
    フォトグラファー。料理、インテリア、旅物などライフスタイル系をメインに活躍中。2016年より東京・学芸大学のセレクトショップ「MIGO LABO」ディレクターを兼任。
    インスタグラム
    https://www.instagram.com/ishiguromihoko/
    MIGO LABO
    https://www.migolabo.com

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです。2020年、店舗をリニューアルしたため、店内外観は現在とは異なります。



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