発酵の力を最大限に引き出して
昭和初期に建てられた古民家を再生した複合施設「上野桜木あたり」。その一角に、今回ご紹介するサワードウブレッドの専門店「VANER(ヴァーネル)」はあります。「VANER」は、サワードウブレッドだけでなく、北欧のベーカリーなら必ずといっていいほど置いてあるシナモンロールやカルダモンロールを並べる、北欧スタイルのパン屋さんでもあります。
サワードウブレッドとは、ヨーロッパで昔からつくられている伝統的なパンで、小麦やライ麦から起こしたパン種=サワードウを使い、小麦と塩と水のみでつくるとてもシンプルなパンです。
かつて、オーストラリアに留学し、帰国後に就職活動を始めたヘッドベイカーの宮脇司さん。英語を使う仕事を探していましたが、その頃YouTubeで見た「タルティーン・ベーカリー」の動画に共感し、パン職人を目指すことになったのだとか。
「タルティーン・ベーカリー」とは、サンフランシスコの有名店で、世界中に広がったサワードウムーブメントの火付け役。“タルティーン”の人たちが生き生きとパンを焼き、それをおいしそうに食べている姿にくぎ付けになり、「こういう素敵な大人になれるんだったら、パン屋さんを目指そうって思ったんです(笑)」と楽し気に話します。
そんな意気揚々とパンづくりができる理由こそ、サワードウブレッドの魅力でもあります。
「その動画では、『小麦と塩と水、空気中に棲んでいる菌、もしくは小麦についている菌を培養してできた発酵種を使って、ていねいにつくると、魔法が起きておいしいパンが生まれる。発酵の奥深さにこの仕事のおもしろさがあって、毎日飽きることがない』といっていたんです」
「サワードウブレッド」を早速いただいてみると、しっかり焼かれた皮は香ばしく強烈な旨みが、中の生地は水分量多めでしっとりもっちり、鮮やかな酸味と旨みが迫ってきて、噛みしめる度にそれがじゅわーっと広がります。発酵がもたらす重層的な味わいが楽しめるパン。
乳酸菌や酢酸菌などの菌の活動によって生まれてくる、発酵でしかだせない味をシンプルにそのまま味わうパンだけに、発酵が要になります。
「よく味噌づくりにたとえるんですけど、味噌は数カ月とか半年、さらにそれ以上、発酵させないと味噌の味にはならない。そういう味の変化や深まり方を、パンで最大限生み出しているのがサワードウブレッドです。だからこそつくり手の考えがすごく要求される。もちろん発酵はコントロールできないので、発酵にゆだねる部分はありつつも、その中で何を求めるか明確にしないといけないと思っています」
発酵時間は12~24時間の間で、季節や気候に合わせて変更。酵母は生き物で、アクティブなときもあればその逆もあり、その様子を見ながら、温度も細やかに調整しています。「たとえば、発酵のスタート時に1℃上げて、その後2℃下げた状態で何時間かキープし、冷蔵庫で低温発酵させるときも、温度をその都度変えるなどしていますね。1℃違えば、全然味が変わってしまうので」
季節にも敏感に対応します。「夏だからこの温度で、このやり方で」というだけでは十分ではなく、1年前や2年前の夏と比べて、温度などを見極めていくのだとか。「でもだからこそ、サワードウはおもしろい」と宮脇さんはいいます。
「自分たちはもっと楽しくパンづくりと向き合いたくて。そして、よりおいしいサワードウを目指していきたい」と話す宮脇さん。いまのクオリティに満足するのではなく、発酵の魔法を磨き続けて、みんながあっと驚くようなとびきりのおいしさを。そんな「サワードウブレッド」の魅力を、どうぞ食べて確かめてみてください。
<撮影/林 紘輝 取材・文/諸根文奈>
VANER
03-5834-8137
8:00〜15:00(売り切れ次第終了)
月・火・祝日休み
東京都台東区上野桜木2-15-6
最寄り駅:JR山手線「日暮里駅」
https://www.instagram.com/vanertokyo/