「よかったことばかり!」の北海道での移住生活
夏と冬の長期休みは北海道で過ごす、という2拠点生活を数年経た上で、東京から北海道・東川町へ移住したセキさん。冬の寒さも、その際の生活面での厳しさも、ある程度は理解してから移住しました。
ゆえに、「長男の療育(※)に関しては、東京に比べて選択肢が少ないのが悩みどころですが、それ以外は『やっぱり大変だった……』というようなことがあまりなくて。『移住してよかった』と思うことばかりなんですよねえ」と、セキさん。
※ 療育とは
障がいのある、もしくはその可能性のある子どもに対して、社会的に自立ができるように、個々に合わせた成長や発達を支援する働きかけの総称。“発達支援”とほぼ同義に使われる。いろいろな種類があり、アプローチ方法は異なる。
おりしも移住したときは、新型コロナウイルスの影響により、日本中で一斉にリモートワークが推進された頃。これまではあまり馴染みの薄かったオンラインミーティングもだいぶ浸透していました。グラフィックデザイナーであるセキさんは、移住に際し、「打ち合わせを電話やネットでできれば、仕事はなんとかなるだろう」と算段をつけていましたが、結果的に周囲にとっても、直接会わずして意思疎通をはかることが望ましい状況が続き、東京からはるか離れた土地でも変わらずに仕事が続けられました。
ふたりのお子さんはといえば、セキさんと清水さんが「本物の自然がある東川町は、きっと子どもも大人も成長させてくれる」と思っていたとおり、もともと活動的な長女は周囲を思う存分駆け巡り、ちょっぴりシャイな長男も、長女のあとを追いかける毎日。ふたりして夏は泥だらけに、冬は雪にまみれて、大自然とたわむれるようにして、その有り余るパワーを大いに発散しています。
自宅以外の、子どもの居場所
そして、新たな居場所とも出会いました。
「夏休みにこっちに来ていたとき、山道を車で運転していたら、かわいい木の看板を見つけたんです。なんとなく気になって、あとでそこに書かれていた名前を検索してみると、どうやら自然活動を取り入れた保育園らしい、ということがわかりました。それで、滞在中にさっそく見学と体験に行かせてもらったら、とっても素敵なところで!
子ども主体の少人数制の保育園で、園舎はあるものの、基本的には自然いっぱいの園外で活動。もともと2人の“お母さん”が始めた園で、マクロビオティックを学んだ方が地元でとれた食材を中心に給食をつくっていたり、お母さんたちが社会に関わる仕組みをつくろうと、保護者が園で働けるようにしていたりと、いろいろな面で共感できる場所でした。この場所で子どもが育っていったらいいな、と思ったんです」(セキさん)
親から見て心から「いいなあ」と思える子どもの場所を見つけていたことは、移住後も安心です。いえ、きっと、そういう場所を見つけていたからこそ、セキさんは躊躇なく「えいや!」っと、移住に大きく舵を切れたのでしょう。
最初の頃はセキさんと離れがたく、別れるときは泣いていたという長男。でも、お話を伺った秋にはすっかり慣れたようで、真っ黒に日焼けしたその顔からは、たくましさがあふれ、園での充実感がにじみ出ていました。来年度から年長さんです。
長女は、小学校へ入学。全校生徒18人、1年生は長女ただひとりという、こちらもまた少人数制の学校に通い始めました。家からは少し離れているため、学校へはセキさんか清水さんが車で送ります。放課後は、別の小学校で合同して行われる学童へ。なんとタクシーが来て、学童を利用する同じ小学校のみんなと一緒に向かうのだそう。
別の小学校の子どもが“幅を効かせる”場は、最初は居心地が悪かったようですが、持ち前の明るさと動じない性格で、少しずつ自分の居場所を広げているとセキさんは話してくれました。
7年ぶりの、自分のためだけの時間
そうやって、子どもふたりが、自分が心地よく過ごせる場をまたひとつつくりつつあるなかで、セキさんはここにきてようやく、自分ひとりの時間が持てるようになりました。それはお子さんを授かってから、実に7年ぶりの感覚です。
朝送り出したら、園から、学校から、子どもが帰ってくるまでが、セキさんの時間。集中して仕事に向かうほか、合間に畑のお世話をしたり、自然農法の畑に学びに行ったり、手づくりのワークショップに参加したりと、お楽しみもめいっぱい盛り込んで、東川町の暮らしを満喫する毎日が始まっていました。
「東京にいたときよりも、自分の時間と家族の時間のメリハリがつきましたね」(セキさん)
これからの、暮らし
そんなふうにして目の前の暮らしにていねいな眼差しを送りつつも、少し目線を先に向けた、こんな夢の話も教えてくれました。
「地域に根ざした、地域の人によろこんでもらえる活動ができたらと考えます。駄菓子屋さんみたいな場所、といえばいいかな。例えば、ご近所のご夫婦はおいしい野菜をつくっていて、でもそれが食べきれなかったりする。そうしたら、それを買い取って、古くから伝わる調理法などを用いて、料理上手な誰かがおやつをつくる。で、また別の誰かが、それを例えば小学校の前で販売して、学校帰りの子どもたちが楽しく食べて……というような。地域で循環していくような仕組みができたら、素敵ですよね!
長女の小学校は学童がないので違う学校まで通っていますが、それも何か、長女の小学校だったり、この地域で楽しめることができたらいいなあ、とか。まだまだすべて頭にぼんやりと『あったらいいなぁ』と思うぐらいですけど、ね」(セキさん)
好きなこと、嫌いなこと。得意なこと、苦手なこと。できること、できないこと。いろんな“違い”という個性が、垣根なくゆるやかにつながり、ぐるりと巡ることができたなら、きっとそこには誰にとっても穏やかで心地がいい世界が広がっているはず。
セキさんの家族は、まさに、そんな世界の、最小単位のようにも感じました。お父さんとお母さんと、子どもふたりに猫2匹。そこには、誰とも血のつながりはありません。でも、それがなんの意味もなさないくらい、セキさんの家族は”家族“でした。
子育ての苦労もあれば、それなりに大変なことももちろんある。取材中、同じ年頃のお子さんを持つカメラマンさん、私とで、子どもとの時間の過ごし方や、デジタルメディアとの付き合い方について“子育てあるある”話で盛り上がったりもしましたっけ。
お母さんから雷が落っこちる日もあれば、お父さんが静かに叱る日もある。だけど、楽しくて愉快な日々を送る、そんなお隣さんのような家族。私が出会ったのは、きっとそんな、どこにでもある、いたって普通の、家族でした。
本誌で4ページだけは書き足らず、「30ページぐらい欲しいです〜!」と冗談まじりに話した私に、天然生活WEBでの連載を快く提案してくださった編集部の方々、取材中すっかり話に夢中になっている傍らで、いつものセキさんの家族の風景をつぶさに撮ってくださった写真家の前田景さん、答えづらい質問にも、ていねいに言葉を紡いでくださったセキさん、清水さん、ご家族の皆様、そして何よりも12回に及ぶ連載を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。
〈撮影/前田 景〉
遊馬里江(ゆうま・りえ)
編集者・ライター。東京の制作会社・出版社にて、料理や手芸ほか、生活まわりの書籍編集を経て、2013年より北海道・札幌へ。2児の子育てを楽しみつつ悩みつつ、フリーランスの編集・ライターとして活動中。