イネという名前の黒い犬
イネというなまえのもじゃもじゃの元気な黒い犬を飼っていました。手のひらにのるくらいのちいさな子犬をもらったのです。
しごと場や畑やお風呂へ、わたしのいくところへはいつもいっしょ。活発な犬のイネをとてもかわいがっていました。ところがわたしが夏休みに中国へ旅しているあいだに、車にはねられて死んでしまったのです。
留守番していた子どもやわたしの弟子たちが、スーダラ畑にある栗の木のしたにお墓をつくって、イネを土のなかに埋めてくれました。旅からもどるとちゅうでそのはなしをきき、むねにおおきな石がのったようになり、うちにもどっても、なかなかお墓にいけず、くるしい毎日をおくっていました。
亡骸を見たわけではないので、イネの死が実感できないまま、とうとう秋になりました。
生きものはやがて土の微生物のはたらきによって、土に還るのだとあたまではわかっていても、こころのなかでは、土に還ったイネをぜんぜん想像できなくて、死をうけいれられませんでした。
秋にはたくさんの栗がなり、お墓のうえにおちました。栗をとりにいくと、イネのお墓の土が窪んでいるのが見えました。ちいさなイネのからだがなくなって、ほんとうにすっと納得ができました。栗になったんだ!
イネのうえにおちる栗をひろってたべるうちに、イネのからだが土の栄養になり、栗に吸いとられて、わたしのからだのなかにはいってきた感じがするようになったのです。
土はふしぎなものです。いったい土って、なんだろう。ちいさないのちのイネの還っていった土。でも土に種をまくと、ちゃんとかぼちゃがみのります。かとおもえば土のなかに埋められたイネのからだは、かたちが消えてなくなってしまう。野菜くずなどがたい肥ボックスのなかで、すっかりふかふかの土に還っていくのとおなじように。
土のなかの微生物が分解してくれて有機物になり、また植物の栄養になっていくのです。いのちは土の循環のなかにあるから、こうしてイネのいのちはわたしのいのちとつながっている、そう感じたとたん、わかったんです。
いのちは土に還ってゆく
自然のなかの世界では、すべては土とつながりあっているのだってこと。土のふしぎをそう理解できたらうれしくなってきました。
だから土というものには、いつもおどろかされるんです。そのあと畑で土をさわったとき、あらためて、土に感動がありました。土ってすごい。うれしくて、土のうえで踊りだしたくなるようなよろこびがありました。うちのつれあいのテッペイさんは土のしごとをしています。土を焼いてうつわやなにかしら表現するものをつくっています。わたしも、ときどき、こっそり粘土にふれるとき、どきどきしてひとりでわくわくします。いのちは土に還ってゆく。
だからきっと人間は土に触れたいはず。土と生きる夢をみたいはず。冬になり、ガラス窓にとびこんで首の骨を折って亡くなったモズやジョウビタキも、土に埋めてやるとすっかり骨になり土に還ってゆきました。
アフリカのマダガスカル島では亡くなったひとはみな布にくるまれます。市場で探すと、その布は手紡ぎ手織りの麻の存在感のある布でした。
その布との出会いは衝撃的なものがありました。高知でも火葬したあとのお骨を麻の袋のなかにいれて土に埋めるという習慣があるといいます。わたしの住むこの谷相の村では昭和40年代まで土葬だったとききました。
ひともまた土に還る、そんなひとの還るところが、土だったのです。
ひとは生まれると布にくるまれ、亡くなるさいごのさいごにも布にくるまれる。亡くなったあとも、くるまれた布とともに土に還るんだってことが、すとんとわたしのこころに、おちました。そして、おおきな、よりどころをもたらしてくれたんです。布も土に還るものだと。布で衣服をつくるわたしがこころの底で、つかんだ感覚でした。
それはイネがおしえてくれた感覚、生きるものと土に還るものたちは、深いところでつながりあっているということなのです。
〈文/早川ユミ 写真/きょう・よく〉
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早川ユミ
布作家。ちくちく、畑、ごはん、ときどき旅。高知の山のてっぺんに暮らし、ちいさな果樹園と畑を耕す。日本みつばちを飼い、はちみつの自給自足。著書に『くらしがしごと 土着のフォークロア』(扶桑社)、『種まきノート』『種まきびとのものつくり』『種まきびとの台所』『旅する種まきびと』『野生のおくりもの』『早川ユミのちくちく服つくり』(すべてアノニマ・スタジオ)、『種まきびとのちくちくしごと』(農文協)、『からだのーと』(自然食通信社)、『ちいさなくらしのたねレシピ』(PHP研究所)、『畑ごはん(文化出版局)など。
高知の山間で暮らす、布作家の早川ユミさん。畑を耕し、果樹を栽培したり日本みつばちを育てたり、自然ととも暮らしています。パンデミックのなかで、2022年のコロナの時代を、どう生きていくべきか。私たちは大きな時代の変化のなかを生きています。自分で食べるものや着るものは自分の手でつくり、暮らしを自給自足に。高知の山のうえから、「くらし」と「しごと」について深く考察し、分かりやすいことばで綴る1冊。高知の里山の暮らしを記録した美しい写真と、躍動感あふれるイラストとともにお楽しみください。
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NHKの国際放送「NHK WORLD 」の「Zero Waste Life」特集で、早川ユミさんの暮らしが取材されました。オンデマンドで無料配信中です。ぜひご覧ください。
Handmade Green Living - Zero Waste Life | NHK WORLD-JAPAN On Demand
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