• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。猫の里親を探し始めるセリさん。

    里親を見つける決意をしたものの……

    「猫エイズと猫白血病の猫は、他の猫と一緒に暮らしてはいけません」。そんな獣医師からの言葉を、私は神のお告げのように信じこんでいました。

    あいと出会った2004年には、まだ猫エイズのワクチンもなかったし、猫白血病のワクチンも安価ではありませんでした。いまなら、キャリアの猫も、ノンキャリアの猫も一緒に暮らしている家は沢山ありますが、当時は、そんなこと願おうものなら、眉をしかめられるような時代だったのです。

    自宅にすでに猫がいた私は、インターネットの猫の里親募集掲示板で、あいの一生の家族をみつける決意をしました。里親掲示板には、見るからに貧相な子や、虐待を受けた結果ケガをした子、さまざまな痛みを負った子がいました。胸が詰まりました。この子たちに、安心できる家族ができてほしい。だけど、同じだけ、あいにも、あいだけを愛してくれる一生の場と出会ってほしい。

    私は、少しでも目立つようにと、あいの一番かわいい写真を、そこに張り付けました。

    病気のあいは、お世辞にも美猫とは言えず、それでも、カメラに向かって、けなげに丸い目で見上げるあいに、私の心はぎゅっと摑まれます。

    「ここにいてもいいのよね?」

    そんなふうに言っているような気がして――。私は、あいを保護した経緯を書き、病気のことを明かしました。そして、最後に、タイトルの欄にこう書き込みました。

    〈猫エイズと白血病……だけど生きてる。〉

    あいが初めて見せた、はしゃぐ姿

    あいの里親希望者は、それからどれだけ待っても現れませんでした。空の受信ボックスを見るたびに、ため息がこぼれます。

    「大人の猫だからかな。それとも、病気の猫だからなのかな……」

    気がつけば、不安障害からろくにアルバイトもできていない私の預金残高はみるみる減り、私自身の生活も、この先が心配な状況になってきていたのでした。

    私では、あいをしあわせにできないんじゃないか。何度も考えた問いが、また頭をよぎります。

    その時でした。あいが、急におしりを振り、ぴょーんと勢いよくジャンプをしました。

    そのまま部屋のはしっこまで行って、雪で曇った窓ガラスの前、また上半身を下げ、お尻を振り、ぴょーん。ズザザザと畳がすれる元気な音がします。

    不思議に思い、その目の先を見ると、いつか買ったピンク色のおもちゃのボールが、転がっています。

    「遊んでるの……? あい……」

    私は、おもちゃのボールを摑み、廊下に向かってひょいと投げます。あいは、嬉しそうにボールめがけて、タタタっと追いかけます。

    「あいが、はじめておもちゃで遊んだ……!」

    画像1: あいが初めて見せた、はしゃぐ姿

    猫エイズと白血病。けっして楽観できる病気じゃないけれど、小さなしあわせは、確かにある。ピンクのボールを、私は玉入れをするように、天高く、くうへ放り投げました。

    「飛べ! あい!」。あのしあわせを、摑みとるように。


    画像2: あいが初めて見せた、はしゃぐ姿

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

    ブログ「ちいさなチカラ」



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