(後藤由紀子・著『雑貨と私』より)
もともとはカフェをするつもりだったけれど
いつか始めたいと料理の試作を重ねていたカフェを、仮に開店したとしよう。
ひとりで営む店だから、臨時休業しなければならないこともあるだろう。
そうなった時、仕入れた食材を駄目にしてしまう。きっと仕込みの時間や営業時間の融通もきかない。
でも雑貨屋なら、仕入れた商品がすぐ痛んでしまう心配はないし、小さな規模で始められるかもしれない。
早速家族に今すぐにでも雑貨屋を始めたいこと、それにふさわしい理想的な物件が見つかったことを伝えた。夫は驚くこともなく、背中を押してくれた。
「へー、雑貨屋なんだ。ずっとランチの試作してたから、てっきりカフェやるのかと思ってたよ。いいじゃん」
両親に相談すると父は賛成してくれたが、母は猛反対。しかし、もうすっかり店を始める気でいた私は、どうしても諦めることができなかった。
「とりあえず半年間だけやらせてください。その間に1ヶ月でも赤字になったら閉めるから、お願いします」
私を心配して反対してくれた母の優しさを、今なら十分に理解できる。けれども、どうしても店を始めたかった。明日はないかもしれない、そんな心境だった。
本気が伝わったのか、母も渋々ながら承諾してくれた。
長女を出産した年、東京時代の親友が男の子を授かり、彼女はその子を晴(はる)くんと名づけた。晴くんはダウン症で、私が知っているどの子供よりも素直で優しく、穏やかな心の持ち主。
晴くんのようなあたたかい人が集まる店にしたいと、平和を願う気持ちを込めて、大好きな彼の名前からhalを店名にした。
もしかしたら半年後には閉店するかもしれない。
ずっと続ける気持ちでいたけれど、いつ閉店してもいいように、内装にはほとんど手を加えず、什器も簡単に運び出せる簡素なものにした。
最初に仕入れた商品は、万が一閉店となった時、お世話になった人たちにお礼として渡すことを考えて選んだ。
しかし今では、この簡素な設えが大きな特徴のひとつになっている。
本記事は『雑貨と私』(ミルブックス)からの抜粋です
後藤由紀子(ごとう・ゆきこ)
静岡県沼津市生まれ。東京の雑貨屋で勤務後、2003年に地元の沼津市で器や衣類、書籍を扱う雑貨屋・hal(ハル)を開店。『雑貨と私』を含め、これまでに20冊の書籍を上梓。主な著書に『毎日続くお母さん仕事』(SBクリエイティブ)『後藤由紀子の家族のお弁当帖』(ワニブックス)『家族が居心地のいい暮らし』(あさ出版)『日々のものさし100』(パイインターナショナル)『毎日のこと、こう考えればだいじょうぶ。』(PHP研究所)『会いたい。東京の大切な人 私の愛するお店』(扶桑社)『50歳からのおしゃれを探して』(KADOKAWA)などがある。
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