• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。動物を見送ることは、動物と暮らす人にはいつか訪れること。その時のお話を。

    小さな命を救えなかったあの日のこと

    たった3日間だけ、我が家の長女だった子猫――。猫エイズと猫白血病のあいを保護する前に、同じ繁華街で出会った小さな命がありました。

    その子猫は、人と車の行きかう危険な道で、まるで行くべき場所がそこにしかないように、まっすぐに、だけどふらふらと、車道の真ん中を歩いていました。考える暇もなく手をさしのべました。動物病院に行くと、猫特有のウィルス風邪をひいているのだろうと診断され、食欲のない子猫にはミルクを無理にでも流しこむよう指示が。

    ところが、どれだけミルクを飲ませても、その子はいっこうに元気が出ません。食欲はなく、うんちも出ない。ただ、家の中でもふらふらと歩きつづけました。

    私はその子猫に、たくさん食べられるようになるよう、「クウ(食う)」と名付けました。風邪さえ治れば大丈夫なはず。そう信じていたのです。だけど状態は改善せず、その後も合計3軒の動物病院を巡り……最後の病院で、クウは「腸重積」という腸が癒着する病気にかかっていると告げられました。だからミルクを飲んでも、そこに詰まってうんちが出なかったのだそうです。

    胸が張り裂けるように痛みました。私はクウを助けるつもりだったけれど、ただ苦痛だけを与えてしまっていたのだと。

    それでも、獣医さんの「手術をすれば治る」という言葉に一縷の望みを託しました。治ったら、つらかった記憶を忘れてもらえるくらい愛そう。そう心に刻みました。

    一晩、クウを病院に預け、いよいよ手術となった日の朝、病院から電話がかかってきました。クウはもうかなり弱ってしまっていて、手術をしても助かる見込みは薄いのだと。連れ帰るよう、看護師さんは電話口で早口で告げました。

    病院に行くと、入院室の冷たいケージの中にクウが横たわり、赤黒いものを口から吐きだしていました。「ごめんなさい」。その言葉が頭をぐるぐる回ります。とりかえしのつかないことをしてしまった。どう償っても償いきれない――。

    うちに連れ帰りベッドに寝かせ、私はクウの最期のときを見守りました。せめて安らかな気持ちで逝ってほしいと、今思えば何の足しにもならないのに、私は小さく子守唄を歌いました。引き裂かれるような声を出し、クウは、短い一生を終えました。

    別れの時。家に戻ってきてくれることを願って

    クウのお葬式は、車で三十分ほど離れた場所にある動物霊園で行いました。クウの姿を見て、葬儀屋さんは心底憐れむような顔でこう言いました。

    「こんなに小さいのに、お金なんてとれないよ……」

    葬儀屋さんのご厚意で、クウは花に囲まれ、空にのぼりました。その後、あいと出会い、引っ越してから、我が家では猫が亡くなるたび、家まで火葬車で来てくれる葬儀屋さんにお葬式をお願いしています。

    画像1: 別れの時。家に戻ってきてくれることを願って

    先日も、膀胱麻痺を患うイレーネという猫が亡くなり、いつもの葬儀屋さんに来ていただきました。我が家の住所と、私と夫からの手紙を添えた二人の写真。大好きだったウェットフードとクリーム。そして、イレーネがいつも揉んでいた、夫の肌着の脇の部分の切り取り。瞳を閉じたイレーネの横に置いて、いっぱいキスをしてお別れをしました。

    火葬がはじまり部屋に戻ると、二階の窓から、火葬車のえんとつから立ち上る、煙というにはかすかなもやが見えました。

    画像2: 別れの時。家に戻ってきてくれることを願って

    葬儀屋さんが来るまで、イレーネを抱いて家中をひとめぐりしました。我が家ではいつもそうして、旅立つ子にまた戻ってくる家を覚えてもらいます。

    「ベッドでは、いつもみんなと寝ていたね」

    「キッチンで、大好きな缶詰をもらったね」

    「リビングで、集まって団欒を楽しんだね」

    特定の宗教を持たない私は、死後の世界は分からないけれど……。きっと、自由になった体で、家の中のあちこちに――たとえば、抱き枕だとか、テレビだとか、庭の木だとかに、好きなように入り、私たちに、くっついたり、いたずらをしたり、あまえてくれるのだと信じています。

    生まれて、生きて、そして死んで、命は「永遠」になるのだと。ありがとう。私のもとに来てくれた宝物たち……。


    画像3: 別れの時。家に戻ってきてくれることを願って

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。



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