外で暮らす生き物たちのこと
テレビのニュースをつけるのが怖い。そう思うほど、今年の梅雨もまた、ひどい災害に各地が襲われました。
ある日のことでした。関西でも目を覆いたくなるような雨の被害が出て、私は外で暮らす命のことに心をはせます。やはり気持ちがいくのは猫。だけど、そのとき、私はインターネットで知り合った奈良県に住む人とチャットで話していました。
奈良といえばシカです。観光に行ったときは何も考えずに「かわいいかわいい」ともてはやすけれど、こんなとき、野生のシカたちはどうしているのかと、ふいにいたたまれなくなったのです。
不安とともにたずねると、チャットをしていた男性は、シカたちはちゃんと避難所があって、すでに避難しているのだといいます。
「大丈夫だよ」。彼は私だけでなく、そのチャット上に存在する全国で案じる人たちの分も、シカの安全を伝えてくれました。
ほっとしました。そして、避難所という言葉に導かれるように思い出したのです。
我が家の庭に置いてあった犬小屋で生まれた、小さな命のことを。
犬小屋で生まれた新しい命
その犬小屋は、私が生家で一緒に暮らしていた犬――リュウの形見でした。やがては部屋の中で過ごしたリュウでしたが、最初の頃は犬の飼い方もわからず、犬小屋に。その犬小屋を、亡くなったあと、もらってきていたのです。
結婚し生家を出て、それからずっと経った朝のことでした。起きて庭に続くカーテンを開けて、目が丸くなりました。庭に置いたからっぽのはずの犬小屋の中で、まっくろくろすけのような何かが、もぞもぞと動いているのです。
「うそやん……」
私は、カーテンを閉めた方がいいのか、そのままでいいのか分からないまま、夫を呼びます。犬小屋の中には、まだ生まれて間もない子猫が2匹、身を寄せ合っていました。
こわがらせてはとカーテンをほとんど閉め、息を殺し見守っていたのですが、母猫は現れません。季節は夏。強い日差しが、真上から直撃します。
いてもたってもいられなくなるのに時間はかかりませんでした。私たちは、子猫を摑みあげ、そのまま動物病院へと走りました。幸い子猫たちの健康状態には異常はなく、安心できるまで育てて里親さんをみつけることに。母猫は結局現れませんでした。
里親には、何人かの方が名乗り上げてくださいました。その中で、唯一、猫に触れるとき、「抱いてもいいですか……?」と心配そうに見上げてくれた若い女の子を選びました。
その子は、地元から出てきてコスプレイヤーとして活躍しているといいます。ともすれば安定性のない仕事。ですが、丁寧な物腰と、壊れそうに優しく猫に触れるその手に、託しても大丈夫だと確信しました。
夏のコスプレの仕事は体力勝負で、ストレスもたまると彼女はこぼします。でも、子猫がきてから、自分は猫に癒されている。だから、お客さんも癒せるのだと、一か月後、正式譲渡の際に出向いた家で、彼女は少し大きくなった子猫と笑いました。
あれから月日は流れ、今年もとりわけ暑い夏がきました。ふと、そういえば、外の猫たちはどうやってこの暑さをしのいでいるのだろうと検索をかけると、外にいる猫のための簡易ハウスの作り方を掲載しているNPO団体のサイトをみつけました。
読み進めてびっくり。なんと、犬小屋に、波板などを屋根に設置したり、通気のためにブロックなどで少し高くしたりすることで、猫の日よけの場ができるのだといいます。あのとき、偶然生まれた子猫。そんなつもりはなかったけれど、命をつなげたのは、亡くなったリュウのおかげかもしれません。
そんなふうに、猫たちは、このつらい季節を生き延びることに懸命です。
最近知り合った出版社の女性は、ある暑い日、急に猫が家の前にやってきたそうです。そして、「入れてくれるまでどかないぞ」とでもいうかのように、ねだり顔。
放っておけず病院に連れていくと、あいと同じ、猫エイズ――それも末期であるということが分かりました。
彼女は、病気を知っても怯みませんでした。むしろ、家で快適に過ごさせてあげたいと、一緒に暮らすことを決め、最期の三か月を何不自由ない穏やかな場所で包みました。
どうしてそんなことを私が知っているかというと、その出版社に持ち込みをしたとき、私自身が保護した猫「あい」の猫エイズと猫白血病について、私もお話したからでした。私を語る時、あいの存在や病気、そして私自身の生きづらさは、隠すことではなく名刺です。
「ひとり出版社」といって、制作から流通まで何もかもをまかなう形の出版社を営む彼女は、私の本を出したくてもお金が乏しいと申し訳なさそうに言いました。でも、持ち前のガッツで、なんとかクラウドファンディングで本を出せないかと提案してくれたのです。
そうして試行錯誤してはじまった「いのちのほとり」のクラウドファンディングは、避難所のようなところでした。本を読まなくても、クラウドファンディングのページだけで癒される。生きることがつらい人が多い現代、夏も冬も、もしかしたら過ごしやすい春や秋でも、逃げこめるような、命綱の本が生まれる場所。
「大丈夫だよ」
シカのことを話してくれた彼の言葉がよみがえります。私は、動物にも、人にも、逃げられる場所を届けたいのだと思います。
この天然生活ウェブでのエッセイも、誰かにとって、そうであればしあわせです。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」