『六十一歳、免許をとって山暮らし』より
遠出のドライブは、前日から心構え
免許をとって三年目。自分の車しか運転しないので、我が累積運転距離は車のメーターを見ればすぐにわかる。只今五〇〇〇キロ弱。三年で五〇〇〇キロは少ない方だろう。
おおざっぱに計算して、一日平均五キロほどしか走っていない。ほかの人の走行距離は知らないけれど、毎日仕事で車を使う人だったら一日二、三〇キロは少なくとも走るだろうから、五、六分の一?
運転といっても、ごく近辺、家の周りの片道五分か十分で行ける買い物へ行くのがほとんど。
片道二十分かかる大きなスーパーや、突発的に行くことになる病院やホームセンターなどへ行くときは、前日から心構えが必要だ。
何時何分に出発して、どの道を通って、何分後に目的地に到着。用事がこのくらいですむとしたら、そこを何時に出発して、何時に帰宅できるか。と地図と首っ引きですべての予定を把握しないといられない。
かといって、運転が嫌でたまらないかというと、そんなこともない。
山並みが見渡せる見晴らしのいい道路を走っていると、さすがに気分がいい。とくに、背後にも対向車線にも車のいないときは、心おきなく運転できて、ああ、車の運転も悪くないなあ、と思うのだ。
前に車がいるのは気にならない。というよりも、むしろありがたい。前を走る車が軽トラだったりするとさらに安心だ。たっぷり車間距離をとって、軽トラのゆったりしたペースに合わせて自分も車を進められるので気が楽で助かる。
ワタクシが運転? という感覚が抜けない
それにしても、今ひとつ運転に自信が持てないのはどうしたことだろうか。
兄は、大学生になってすぐに免許を取って、あっという間になんでもなさそうにどこへでも運転して行けるようになっていた。よく助手席にすわっていろいろなところへ連れて行ってもらったが、落ち着いた運転で安心して乗っていられた。
「どうして?」と聞くと、「若かったというのもあるんじゃないかな」
なるほど。二十歳前後で取ったんだもんね。こちとら五十八歳だからね、免許取ったのは。こんな年齢になってから免許を取ったので、どこかで自分が車を運転していることに、いまだに確信を持てていないようなところはある。
こんな自分が車を運転しているなんてすみません、という気持ちがあるのだ。まさか自分で車の運転をするとは思っていなかったし、したいとも思っていなかった。
ワタクシが運転? まさか、ご冗談でしょう。いまだにその感覚がどこかに残っていて、運転していても、申し訳ないような肩身の狭いような、そんな心持ちなのだ。
ただ、なんといってもこの場所は車が少ない。だから、こんな自分でも運転できるのだと思う。これが都会の車の多い道だったらお手上げだろう。
兄にも、「走るのは近所の農道だけだから」と言って、免許を取るのもまあいいかもね、と認めてもらった、というかお許しが出たくらいなのだから。
本記事は『六十一歳、免許をとって山暮らし』(亜紀書房)からの抜粋です
平野 恵理子(ひらの・えりこ)
1961年、静岡県生まれ、横浜育ち。イラストレーター、エッセイスト。山歩きや旅、歳時記についてのイラストとエッセイの作品が多数ある。著書に『五十八歳、山の家で猫と暮らす』『わたしはドレミ』(亜紀書房)、『にっぽんの歳時記ずかん』(幻冬舎)、『手づくり二十四節気』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、『草木愛しや 花の折々』(三月書房)、『こんな、季節の味ばなし』(天夢人)、『きょうはなんの記念日? 366日じてん』(偕成社)、『あのころ、うちのテレビは白黒だった』(海竜社)、『庭のない園芸家』(晶文社)、『平野恵理子の身辺雑貨』(中央公論新社)、『私の東京散歩術』『散歩の気分で山歩き』(山と溪谷社)、『きもの、着ようよ!』(筑摩書房)など、絵本・児童書に『ごはん』『おひなまつりのちらしずし』(福音館書店)、『和菓子の絵本』(あすなろ書房)など、共著に『料理図鑑』『生活図鑑』(越智登代子、福音館書店)、『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』(澤宮優、角川ソフィア文庫)など多数がある。『天然生活手帖2024』(扶桑社)では、絵と文章を手がける。
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