• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。「怖い、苦手」だと思っていた人が、猫の話になると優しくなるという経験の話です。

    苦手だと思っている人のこと

    「黙れ」「カス」

    私がやっているソーシャルゲームのグループの中で、そんな発言をする人がいました。常に自分を持て余しているのか、物言いは厳しく、正直、私は最初、その人と接するのが不安でした。

    ゲイの男性。毒舌といえば聞こえはいいのですが、度を超した暴言に、どうしていいか分からなかったのです。

    ですが、ある時、同じグループの女性のご親族が亡くなられたと聞いたその人は、いつもの毒舌で言ったのです。

    「私、人が死んでも泣けないのよね。お葬式とかなんかピンとこない」

    受け取った女性は、大人で、「実は私も泣けないかも」と返しました。聞いている私は、内心ドキドキ。そんな時、ゲイの男性はふっと言ったのです。

    「でも、動物は別よ。動物はちゃんと弔ってあげなきゃ」

    いつものその人からは出てきそうもない発言に、私は驚きました。

    その人は猫を飼っていて、動物すべてを愛する心を持っていた

    訊くと、彼は猫と暮らしているといいます。

    中学生の頃、お兄さんが、箱に入れて捨てられていたうちの一匹を拾ってきました。まだメエメエと鳴くくらいの小さな猫。親に隠れて二階で飼っていたのですが、鳴き声でばれて、飼うことを許されたのだとか。

    彼の生まれ育った家庭は、けっしてあたたかな家庭というものではありませんでした。

    日々暴言が飛び交い、幼い彼は心に深く傷を負い、やがて自己防衛のためにすれた考えをするようになったのではないかと私は思います。

    ですが、今回、このエッセイを書きたいと思った時、彼に訊きました。猫のこと教えて、と。すると、彼は、まるで幼い子どものように、こんなことを言ってくれたのです。

    「ごはんあげてるのに、人が変わるたびにねだるのよね」

    「めやにが出るから、私がとってあげてる」

    「何か食べようとしてビニールの音がかしゃかしゃなったら、絶対に近寄って鳴くの」

    「足の付け根をマッサージしてあげると、もっともっととアピールしてくる」

    それは、いつも激しい言葉を投げかけてくる彼からは想像もつかない優しいエピソードでした。

    画像1: その人は猫を飼っていて、動物すべてを愛する心を持っていた

    もっと話を聞いていくと、彼は、蜘蛛にも感情を感じるといいます。

    そうか、と思いました。

    彼は、幼少期の親からの行いで、表向き優しくなれないけれど、心の奥の奥では、とっても純粋なあたたかい人なんだと。

    そう感じてから、私は彼が大好きになりました。

    今でも、ゲームのグループ内で、冗談交じりの毒舌は炸裂します。そんな時、私も負けじと毒舌を返して、私たちは私たちなりのバランスを保っています。

    動物を愛する心が、私に、顔を見たこともなかった彼の苦手意識を取り去ってくれました。

    そして、どんなに冷たい言葉を吐かれようとも、彼の根っこは優しいのだと、グループの誰もが、彼の痛みとともに、彼をまるごと愛したいと願っているのです。

    画像2: その人は猫を飼っていて、動物すべてを愛する心を持っていた

    画像3: その人は猫を飼っていて、動物すべてを愛する心を持っていた

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

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