• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。愛猫にがんが見つかり、治療をすることになった咲さん。

    愛猫のがんが見つかり、抗がん剤治療を始める

    自分がもしがんになったら、私は抗がん剤治療などをせず、自然なままで死んでいきたい。乏しい知識の中で持っていた私なりの答えでした。

    ですが、いざ、がんだと告げられたとき、私の気持ちは変わりました。

    がん。そう、私ではなく、わが家の長男猫「ビー」が。

    胸腺型リンパ腫。気づいたときには呼吸が苦しそうで、慌てて病院に駆けつけました。このままでは、しだいに息ができなくなって、溺れるように死ぬのだと獣医さんは言います。溺れるように──耐え難い言葉でした。

    次の瞬間、私は、ずっと決めてきていた「積極的治療をしない」という思いをくつがえし、獣医さんにどんな治療ができるか聞いていました。

    獣医さんは、三種類の抗がん剤治療を教えてくれました。覚悟しているとはいえ、副作用はもちろんあり、やはり恐いと思ってしまいます。

    それだけではありませんでした。当時、わが家は夫が外に働きに出ていて、車で30分かかる病院まで、免許のない私は簡単に行くことはできませんでした。だけど、抗がん剤は毎日打たなければならない。友だちに頼むにしても、みんな働いている。バス、電車、またバス、そして歩き……おそらく一時間以上かかる道のりは、病気のビーにとっては大きな負担になるでしょう。そのことを獣医さんに話すと、獣医さんは言いました。

    「それなら、私が毎朝、おうちまでお迎えに行きますよ。抗がん剤治療をしたいと思われるなら、私は全力で協力します」

    獣医さんの熱意に支えられ、一度は元気になった

    そうして本当に、毎朝、うちまで迎えに来て、私とともにビーを運んでくれたのです。

    副作用が起こりにくくするために、抗がん剤を投与したあとは、丸一日かけて点滴でそれを薄めました。その間も、本当なら入院室にビーだけがいるべきなのに、不安障害をもつ私を知って、ずっと、そばで見守らせてもらいました。おなか減りませんか? と差し入れのパンまでくださったのです。

    そうした献身的な治療のおかげで、ビーのがんは消え、ふつうの猫と同じ暮らしができるようになりました。一年間は──。

    画像1: 獣医さんの熱意に支えられ、一度は元気になった

    一年後、またビーは同じ症状に見舞われました。検査をして、獣医さんもうなります。おそらく抗がん剤はもうほとんど効かないだろうと。それでも、諦めきれなかった私は、最後に一度、試してくださいとお願いしました。

    荒い息で横たわるビーに針を刺します。ビーはもう嫌がる力もなく受け入れました。

    やはり、獣医さんの言うとおり、目覚ましい回復はありませんでした。

    その日から、ビーはわが家のキャットハウスで寝ることが増えました。ほかの猫にちょっかいをかけられず落ち着くのでしょう。

    日に日に動くこともできなくなり、食べることも水を飲むこともできなくなりました。お刺身、焼き魚、うなぎ、ちくわ、いろんなものをさしだしました。だけど見向きもしません。

    病院に行くと、貧血の値がひどく、このままでは毎日3%ずつ減っていくといいます。そして、その先にある「死」は、おそらく数日以内に訪れるだろうと。

    祈ることしかできませんでした。

    画像2: 獣医さんの熱意に支えられ、一度は元気になった

    いつも左脳派で、理屈のとおらないことを信じない私が、神社に行き、お守りを握り締め、「ビーは治る」と繰り返しました。

    ビーは治る。ビーは治る。ビーは治る。

    残念ながら神様も、そんな無茶なお願いには目を伏せることしかできなかったのでしょう。ビーは、ゆっくりと最期の時へと向かっていきました。

    祈りながら、猫のためにできることを思い出した

    そんな時、ふと思い出したのです。ビーが、ケーキ屋のそれはそうでもないけど、私が泡立てた植物性のホイップクリームを好きだったことを。

    私はハンドミキサーを取り出しました。大きな音を出してビーを怖がらせてはと心配しましたが、まるで子守唄を聞くように、うるさい電動音をビーは静かに聞いていました。

    できあがったクリームをビーの口元まで持っていくと……ペロリ。なめました。今まで水すら喉を通らなかったのに。ペロペロ、懐かしそうに目を細めました。

    ビーが一生の瞳を閉じたのは、それからわずか数分後のことでした。

    あの一瞬、ビーは、たしかに治った。私はそう信じています。

    医療が治すとき。愛情が治すとき。どちらもあって、命は優しい生き終わりを迎えるのだな、と、人差し指に残ったざらりとした感触をいまでも思い出し、噛みしめるのです。


    画像: 祈りながら、猫のためにできることを思い出した

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

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