ある日気づいた、声の変化
目につくところに1冊、詩の本を置いています。1日1篇、ひらいたページにある詩を声に出して読むためです。最近の新しい習慣です。
歳を重ねると、声もその歳らしい声に変わってきます。音域もせまくなり、声も出にくくなります。「声を出す」が、日頃は当り前すぎて、気にしていないことが多いのですが、声そのものも発声も年齢とともに変化していきます。
元々、大きな声で話すことが苦手なので、声の変化に気づいていませんでした。ある日、話し相手が聞き取りにくそうにしている姿を見て、声も歳を重ねたことを知りました。
自分の声と向き合うひととき
そんな時──。朗読教室に参加しました。2年前の夏のことです。
自分がどんな声の出し方をしているのか、読み方をしているのか、どうすれば言葉を届けられるかなど、朗読教室のなかで教えてもらいます。最初は、自分の声にも、朗読にも、気恥ずかしさがあるのですが、教えていただくうち、そんな気持ちがふっと消え、自分の声と向き合う時間が訪れます。
声。意識したことはありますか?
自分の声と向き合うことは、自分自身を知ることだと今は思っています。
その年の夏、わたしは父を亡くしました。想像していた以上に喪失感があり、自分でも戸惑うほどでした。ほとんどのことをキャンセルし、静かに日々を過ごす。それがやっとでした。朗読教室に参加したのは、そんな時です。以前から予約をしていたので、行こうかどうしようか考えたのち「行こう」と決め、参加しました。
教室では、用意されたテキストを読んでいきます。「ここで区切るといいです」「声の高低差をここでつけるのはどうでしょう」。教えてくださる方の言葉を指針に何度もテキストを読んでいきます。こんなふうに言葉を声に乗せ読むのは、久しぶりのこと。
朗読は、エネルギーを費やします。読んでいくうち、ぐったりしてくるのです。はじめての場での朗読、教えてもらう立場というのもあるかもしれません。でも、疲れてくるからこそ、声と体が繋がっていることを意識しはじめるのです。
わたしの声は、わたしが生まれた瞬間から一緒にあり、笑ったり、泣いたり、怒ったりする時、声にして伝えます。やがて言葉を覚え、声はさらに自分に近いものになっていきます。
朗読をつづけていくうち、声は体と繋がり、声も、言葉も、表現することも、全てがわたしそのものだと思うようになりました。
人は何かが起こるといつもは忘れている、手にしているものの大切さに気づきます。身近な人も、自分自身も、声も「手にしている大切なもの」だということを思い出すのです。笑い合うことも、泣いて何かを訴える時も、相手がいて、声があるからこそ、なのです。
言葉が伝わる話し方
10代20代と父と分かり合えず、言葉を交わさない時期が長いことありました。本当は、声も、言葉も、もっと上手に使うことができるものなのです。あの時も、これからも。そんな思いに包まれた時、朗読教室は、声の出し方や読み方だけを教えてもらう場ではないことに気づきました。
それらを経て、改めて「声」を大事にしたいと思ようになりました。自分の声をきちんと活かしていこう、と。そして、それが「1日1詩」の新しい習慣になったのです。
詩を声に出して読む。「そんなこと簡単」と思うかもしれませんが、声を出すというのは、先にも書きましたが、思った以上に体力がいるのです。と、言うことは、つづけていけば、それだけ力がつくはずです。
低くてちいさく通りにくいわたしの声ですが、それでも「1日1詩」のせいか、いままでよりはっきり言葉を発せられるようになった気がします。それに加え、先生からのアドバイスとして「話す時は、瞬きをあまりしない」「頷きすぎない」など注意するようになりました。
自分の声で、深い呼吸とともに、言葉を発する。声にコンプレックスがあったとしても、意識をしたら変わっていきます。60歳前の新しい習慣。つづけていこうと思います。
60歳までのメモ
1 自分の声に意識を向けてみる
2 朗読や歌うなど声を出す習慣を持ってみる
3 自分が声と言葉をどう使っているか見直してみる
4 喉、歯を含め体を労る
5 自分の声を大切に
朗読教室/ウツクシキ インスタグラム:@utukusikirodoku
広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所岡昇平共同代表、other: 代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、香川を経て、現在は東京在住。現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどの空間設計のディレクションにも携わる。主な著書に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)他多数。インスタグラム:@yukohirose19