(『天然生活』2022年8月号掲載)
新しい命を吹き込みながらものを往生させる暮らし
「壊れたもの、捨てられたものを生かすのが好きなんです。どう使おうか考えるとわくわくします」
島根・石見銀山の麓、大森にて暮らしに根ざしたものづくりを手がけてきた、群言堂・松場登美さん。これまで10軒の古民家を再生し、店舗や住まい、宿に生まれ変わらせてきました。
塗装がはげてボロボロだった食器棚はサンダーをかけて一新。木の風合いが戻り、空間の主役になるほど素敵に。
古い建具から取り外したガラスはつなぎ合わせて窓をつくったり、瓦のかけらをタイル代わりにしたり、ひらめくまま手を動かして新たな命を吹き込みます。
「古いものでも、いわゆる骨董には興味がなくて、暮らしのなかで長年使い込まれたものに心ひかれます。人の手で触れられて、ものは美しくなる。いまは何でもすぐ買えて便利になりましたが、安易に買い換えればごみになる。私はもののない時代に育ったから、あるもので工夫するのが当たり前でした。工夫は人を成長させます。捨てるなんてもったいなかったなって思われるくらい、素敵に使ってものを往生させたいです」
ものを生かすうえで松場さんが大事にするのは美しい使い方。
「もったいないからというだけで捨てずに残し、ぞんざいに扱っていては生かされません。美しく使えば、日々の喜びになります。古いガラスを使った小さな窓をお風呂場につくったのですが、目にしながら入るのが毎日の楽しみ。人生のほとんどは、日常。特別な贅沢よりも、豊かな日常を過ごすことが大事。一番大切な、心の平安につながると思います」
手慣れた針仕事も、始めて間もないステンドグラスも、ものを生かす手仕事。手を動かし始めると松場さんはたちまち没頭、心から好きなことが伝わります。
「手仕事も古民家再生も結局、自分が好きなんですよね。私は田舎に暮らしているから身近にある自然素材や廃材で工夫しますが、都会でもどこでも、ものを生かすためにできることはあると思います。パッチワークが好きだったら単に楽しむだけでなく、社会がよくなることにちょっと気持ちを向けてみる。好きでやっていることを深めてみる。そこから、明るい未来につながる気がします」
松場登美さんの「むだを出さずに、楽しむ暮らし」
捨てられていた食器棚を再生させる
木目が美しい食器棚は、もともと空き家に置き去りにされていたもの。引き取り手がないほどボロボロだったけれど、DIYで使われる工具、電動サンダーで塗装をはがすと木肌が現れ、ナチュラルに生まれ変わりました。
「元は磨りガラスでしたが、中の食器がひと目でわかるようにと、建具屋さんで透明なガラスに入れ替えてもらいました」
大皿もグラスもたっぷり収納できて、見事に現役復帰。
ちくちく縫い付け藍染めのはぎれを生かす
群言堂の服づくりでは、なるべく生地を余らせないように心がけてデザインしています。
それでも出てしまうはぎれは箱に集めておき、ちくちく縫い合わせ、新たな役割を与えます。
「布くずみたいに小さなはぎれでも藍染めは美しい。手をかけてつくられたものを無下に捨てることはできません」と松場さん。
刺し子でつなぎ合わせればいっそう魅力的に。ざるやかごの補強にも役立て使いきります。
竹を割った器に果物を盛りつける
すぐそばにある竹林から切り出した青竹を半分に割って、器として活用。果物を盛りつけるとテーブルが夏らしく涼しげに。
「お風呂場や縁側の床、庭の塀やプランターにも竹を使っています。竹は成長が早く、昔からあらゆるものに使われてきた、土に還る自然素材。いまは安価な外材に取って代わられているけれど、身近にあるものとして、暮らしのなかでもっと生かせると思います」
<撮影/渡邉英守 取材・文/宮下亜紀>
松場登美(まつば・とみ)
石見銀山生活文化研究所所長。夫と立ち上げた「群言堂」にてデザイナー、古民家を再生した宿「他郷阿部家」の女将も務める。6月10日公開のNHKワールドJapanオンデマンド番組「Zero Waste Life」に出演。『あるものを生かしきる毎日を楽しむ捨てない暮らし』(家の光協会)など著書多数。https://www.gungendo.co.jp/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです